荒川の河川敷を歩いていると、青いビニール小屋のテントが目に付きます。その中にはぼろぼろに破れた穴の開いたテントもあり、この厳冬の中で生活している人のことを思うと心痛むばかりです。しかし、そんなことを言っている自分自身もその破れたテントであることをどれだけ自覚していることでしょう。
今回紹介するシスター・ブリージという人は、癒しの賜で知られている人ですが、シスター・ブリージの癒しの賜とは、この頃のキリスト教界でよく行われているデモンストレーション的なものではなく、むしろローマの百人隊長(マタイ8:5-13、ルカ7:1-10)のようです。今回紹介するのはそれとは別の話です。
はじめにシスター・ブリージの簡単なプロフィールを紹介します。
本名: ブリージ・マッケナ
1945年アイルランド生まれ。15歳で聖クララ姉妹会入会。誓願後、渡米し、24歳の時、重症のリューマチ関節炎の人の奇跡的な癒しがあり、1974年には司祭職への深い霊的洞察力をいただく。 以降、世界各地の司教や司祭たちから黙想会や講話などを依頼され、謙虚で献身的な奉仕を続けている。
まず、始める前に
聖書のみことば
ヨハネ 14:23
イエスはこう答えて言われた。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしはその人の所に行き、一緒に住む」
ガラテア 2:20
生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。
*
ブリージ・マッケナ 祈りー恵みの泉ー
第二章 主は打ち砕かれたテントに住まわれる よりの引用
破れたテント
数年前、年の黙想会のとき、私はひどい誘惑で落ち込んでいました。その夜、考え得る全ての誘惑があったのです。翌日ミサ(聖餐式に相当するもので、カトリック教会では『感謝の祭儀』と呼んでいます)に行く道々、昨夜の悪い攻撃と誘惑のためにボロボロとなり、落ち込んでいるのを感じました。聖体拝領(ミサの要素の中核となるものです)の列を歩きながら、私は信仰告白をしました。「イエス様、私はあなたをお受けすると信じています。でも私はもうボロボロになってしまい、落ち込んでいます。あなたをいただくにはふさわしくないように感じます」と言いました。 ご聖体(聖餐のパンのことで、文字通りキリストの体)をいただく前は、このような気持ちでした。ところが、聖なるホスティア(ご聖体と同意)をいただいて、自分の席に戻ろうとしたとき、私ははっきりとしたテントのイメージを受けたのです。そのテントを見て、「まあ、あのみずぼらしいテントは本当にボロボロだこと!」と思ったことを覚えています。私はそれを念入りに見て「ひどい嵐で壊されたにちがいないわ」と言ったのも思い出します。自分の席についてひざまずいたとき、私は一人の男の人がテントに入ろうとしているのを見ました。そのイメージの中には私もいて、その人にこう言っていました。「ああ、そのテントに入ることはできませんよ。めちゃくちゃに散らかっています。ボロボロです。その中には大きな穴があるのです」。 その男の人はほほえんでこう言ったのです。「どういう意味ですか?わたしはその中に住んでいるのです」。 その瞬間、私は自分こそ、そのボロボロのテントだということがわかったのです!その夜中に感じた失望への誘惑や罪、イライラさせる全てのことで、私はボロボロに壊されていることに気が付いたのです。今イエスは、そのボロボロの私の内をご自分の家にしてくださっているのでした。それは私を非常に謙虚にさせました。私は今まで自分がボロボロのテントなどとは考えたこともありませんでした! その時、イエスが私をテントの中に連れて行ってくださったようでした。 イエスがテーブルに座っておられ、私もイエスと共にそこに座っているのを見ました。イエスはテーブルの向こう側に座られ、私の両手を握って私に話しておられました。
イエスが私に話してくださっていたとき、私はテントに目を向けて言いました。「まあまあこのテントを見てください!人々は何と思うでしょうか?こんなに散らかって!」 私はちょっと失礼してから、イエスの手から自分の手を離しました。椅子を引き、その椅子に乗って、そのテントの穴を封じようとしました。私は、「人がこの穴を見たらどう思うだろう」と考えていたのです。私はそのテントが人々の目に良く映るようにと、そればかり気遣っていました。
イエスが私をやさしく下ろしてくださるのを感じたのはそのときでした。イエスは深い思いやりのこもったまなざしで私を見つめておっしゃたのです。 「ブリージ、もしあなたがこうした穴のことや、この穴を繕う作業にばかりに夢中になっていれば、わたしのことを忘れてしまうでしょう。でも、あなたがわたしに夢中になれば、そのときはわたしがあなたのテントを繕ってあげましょう」。 私は、誘惑や自分の罪のことなどで、心配したり、どのような始末をしたらいいかとか、他の人がどう思うかなど心配することに多くの時間を費やしていたことに気づきました。 悔い改めや回心は、私がイエスに夢中になり、イエスの方向に向き直るときに起こるのだ、と主は私に示してくださいました。イエスに向くとき、あなたは自動的に罪に背を向けるのです。
[ 中途省略 ]
主は第二のレッスンをそのテントを使って示してくださいました。
再び、私はイエスと共にテーブルについていました。テントの外をのぞいてみると、多くの問題を持った人々、病人、苦境にある人々がテントの方に来るのが見えました。私は、「ああ、この人たちは、私を必要としているから、私が行かなくては・・・・・・・」と言いました。「やれやれ、こうした問題を全部どのように処理したらいいのかしら?こんなにたくさんの人々・・・、そしてこんなに多くの問題を?」と言っていました。テントの入口に立って、彼らをどうやって助けようと考えていたとき、再び私を引き戻すイエスの御手を感じました。イエスは人差し指を動かして、ほほえみを浮かべておっしゃいました。「彼らはあなたに問題を解決してもらいに来るのではないのです。彼らはわたしがあなたの内に住んでいるから、ただそれであなたの所に来るのです。もしあなたが立ち上がって『私がこれをしなくては・・・』と言えば、そのとき、あなたはわたしがいやし主であり、わたしが平和をもたらす者であることを忘れてしまうでしょう。病人をいやすのはわたしです。 あなたは、ただ道具になってもらいたいのです。ですから、あなたは今日はただ座っているだけで、わたしをドアの所に行かせてごらんなさい」 私はイエスに「わかりました。今やっとあなたを信頼する人は失敗することがない。という意味がわかりました。もし私が自分でやろうとすれば、私は失敗してしまうでしょう」。と言っている自分を発見しました。
***
このレッスンの証のメッセージポイントは次のようなものになるのではないでしょうか。
① 私(達)こそがボロボロの破れたテントであることを識ること。
② この破れたテントにイエスが共に生活してくださること。
③ この破れたテントの修復は私(達)ではなく、イエスがしてくださる。私(達)はイエスに夢中になっていれば良い。
④同じ河川敷の、破れたテントに住む、隣人たちの苦境状態を私(達)が何とかしようとするのではなく、イエスが私(達)を道具として用いて、必要(以上)なことをしてくださる。
★★
アウトドア生活に縁のない私にとって、テントのイメージは今ひとつピンとこないのですが、街の裏側にある、いつ撤去されてもおかしくないような、崩れかかった廃屋のようなものかなという気がします(いやいやそんな上等なものではないですね)。しかしこのような所にも、否、このような所にこそ、イエスは一緒に住んでくださるのでしょう。
同居主 イエス・キリストへの愛をこめて 十字架のヨハネ・テレジオ
参考および引用文献
祈り―恵みの泉― ブリージ・マッケナ 聖母文庫
クリスチャン個人のメッセージブログです。タイトルはカトリック改宗者となっていますが、特に宗派、教派のカテゴリーにこだわることなく、本物の信仰を求める人が皆、共有できるより本質的な事について書かせていただきます。 追記しますが、私が思うには本物の信仰とは極めて基本的な所に有るのではないかと思うのです。
2011年2月10日木曜日
2011年1月18日火曜日
役立たずがなんでいけないの? タオとキリスト
年始のニュースで、昨年も自殺者が三万人を超え、これで13年連続となりました。というニュースを聞かされ暗澹とした思いになりました。実は私自身もかつて、この三万人の仲間入りをする半歩手前まで行ったのです。その時の私の心境は「もう絶望だ」とか、「もう疲れた」とか「もう死にたい」とかいうよりも、むしろ「私は役に立たない者となった、私は死ななければならない」という積極的ともいえる自殺願望があったのです。おそらく経済原理・効率優先を主体とする此世的価値観に支配されている社会から排除され、鬱の病になり自殺に向かおうとしている人の心境の多くは同じではないかと思うのです。ではなぜこのような思い込みにとらわれてしまったのでしょうか。
今回は少し視点を変えて、別の入口から入ります。まずはじめに紹介するのは、中国古代の聖哲である 荘子 です。
無用の用
荘子はこのことを、いくつかのたとえ話を用いて説明しています。その中でも特に有名なものは、あの著名な霊性の大家、ヘンリー・ナウエンも採用したものです。
荘子(内篇) 人間世篇 より
大工の棟梁の石が、斉の国を旅行して曲猿という土地に入ったとき、神社の神木になっている櫟の大木を見た。その大きさは数千頭の牛を覆い隠すほどで、幹の大きさは百かかえもあり、その高さは山を見下ろしていて、地上からは七、八十尺もあるところからはじめて幹が出ている。それも舟を作れるほどに大きい枝が幾十本とはり出ているのだ。見物人が集まって市場のようなにぎやかさであったが、棟梁は見返りもせず、そのまま足を運んで通り過ぎた。弟子たちはつくづくと見とれてから、走って棟梁に追いつくと、尋ねた。「われわれが斧や鉞を手にして師匠のところに弟子入りしてから、こんなに立派な材木は見たことがありません。師匠がよく見ようとせず足を運んで通り過ぎたのはどういうわけでしょうか」。棟梁は答えた。「やめろ、つまらないことを言うな。あれは役立たずの木だ。あれで舟を作ると沈むし、棺桶を作ると腐るし、道具を作るとすぐに壊れるし、門や戸にすると樹脂が流れ出すし、柱にすると虫がわく。全く使いみちのない木だよ」。 さて、その後、棟梁の石が(旅を終えて家に)帰ると、神社の木が夢に現れて、こう言った。「お前はいったいこのわしを何に比べているのかね。お前はおそらくこのわしを(お前たちにとって)役に立つ木と比べているのだろう。いったい梨や橘や柚などの木の実や草の実の類は、その実が熟するとむしり取られもぎ取られて、大きな枝は折られ小さな枝は引きちぎられることにもなる。これは人の役に立つというとりえがあるということによって、かえって自分の生涯を苦しめているのだ。だからその自然の寿命を全うしないで若死にすることにもなるわけで、自分から世俗に打ちのめされているものなのだ。世の中のものごとはすべてこうしたものだ。それにわしは長い間、役に立たないことを願ってきたが、死に近づいた今になってやっとそれがかなえられて、そのことがわしにとっておおいに役だっていることになる。もしわしが役に立つ木であったら、いったいここまで大きくなることができたであろうか。それにお前もわしも生き物であることには全く同じなのに、どうして相手を物扱いして決め付けることができよう。(お前のような)今にも死にそうな役立たずの人間に、どうして役立たずの木であるわしのことが解ろうか。
**
このメッセージのポイントは、(小さな)視点での決め付けは他の(大きな)視点で視たら全くナンセンスなこともある。ということです。
この無用の用にはひとつの前提となる思想があります。
荘子(内篇) 逍遙遊篇 より
北の果ての海に魚がいてその名は鯤という。鯤の大きさはいったい何千里あるのか見当もつかない。(ある時)突然形が変わって鳥となった。その名は鵬という。鵬の背中はこれがまったくいったい何千里あるか見当もつかない。ふるいたって飛びあがると、その翼はまるで大空一杯に広がった雲のようである。この鳥は海が荒れ狂うときになると(その大風に乗って)飛びあがり南の果てへと天翔る。南の果てにあるのは天の池である。[中途省略] 蜩や小鳩がそれ見てあざ笑って言う。「われわれはふるいたって飛びあがり、楡や枋(まゆみ)の枝につきかかってそこに止まるのだが、それさえ行き着けないときもあって地面にたたきつけられてしまうのだ。どうしてまた九万里もの上空に上ってそれから南を目指したりするのだろう。(おおげさで無用なことだ)
**
さて、この鵬なるハイパー鳥は、ひとたび飛び上がれば、天空はるかかなた(宇宙空間)にまで上って、自由飛翔するのです。そしてその飛翔の目的地は天の池です。 地上の狭々しい所にいる蜩や小鳩達にとってはこの鵬の大世界のことは解る術もありません(これはこれで良いのですが)。しかしながら彼らが鵬のことをせせら笑っている(これが問題)のは彼らがいる狭々しい世界が絶対世界だと思い込んでいるからです。
荘子やその先師にあたる老子は、これらのことを集約化した概念として、道(タオ)というものを説明しています。老子や荘子はこの道(タオ)がどのようなものかは説明しています。・・それはいわば万物普遍の根源即のようなもの。
しかし老子や荘子はその道そのもの(の実体)が何であるかという説明はなされていません。私たちは聖書によってその道の実体が何であるかという啓示が与えられているのです。それは 「わたしは道であり、真理であり、いのちである」(ヨハネ 14:6)と宣言されたお方。即ち 生ける神のみことば イエス・キリストです。
さて、話を少し戻しますが、聖書にある私たちの本来の在り方とはどのようなものであったかということから説明します。
聖書のみことば 創世記 1:31
神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった。
つまり、私たち人間も含めて、始めに神がお造りになったものは、すべてが極めて良かったのです。しかし私たち人間の内に 罪 が入り込みました。ちなみに聖書が語る罪とは、私たち人間が此世的価値観で思い込んでいるものとは違うものです。教会ではこのことを「的外れ状態」とか、「道から外れた状態」という説明をしていますが、ここでは道のことを取り上げているので、このことは「本来在るべき道から外れた状態」ということで説明させていただきます。私たちは、本来在るべき道から外れてしまったため、失楽園状態となり、しかも他の被造物も巻き添えにしました。そして人間はそのことを何とかしようとして、狭々しい人工的社会を造り上げました。しかしその内には普遍の真理などあるはずもないので、その内には諸悪と混乱で満ちあふれるばかりでした。そして人間はそのことを何とかしようとして様々な偶像を造りました。・・ここでおことわりするのは、偶像とは、必ずしも目に見え、形のあるものとは限らないのです。たとえていうならば、神無し人倫道徳論なども偶像の一つです。人間は偶像から派生する此世的価値観に束縛された者となり、そのことを基準とした、思い込みや決め付けに心が支配されてしまいました。そしてその結末が「自滅へ向かう道」を歩む者となったのです。「私は死ななければならない」という思い込みもその「自滅へ向かう道」を歩んでいるためです。私たちは「自滅へ向かう道」へと導く此世的価値観から解放されなければなりません。
では、それはどうすれば良いのでしょうか。それは「本来在るべき道」に立ち返ることですが、このことは何も、苦しみ抜きながら登りゆくということではないのです。むしろこの道そのものであるお方、即ち 生ける神のみことば イエス・キリストを我が身に受けるのです(注記:我が身の事として ではありません)。このお方によってこそ私たちは「自滅へ向かう道」や私たち人間を束縛している此世的価値観から解放され、真の自由、真の平和を得ることができるのです。 ・・・・ですから皆さん、真の自由、真の平和を得るためにも、解放主 イエス・キリスト を我が身に受けてください。
解放主 イエス・キリストへの愛をこめて 十字架のヨハネ・テレジオ
参考および引用文献
荘子 内篇 金沢治 訳注 岩波文庫
今回は少し視点を変えて、別の入口から入ります。まずはじめに紹介するのは、中国古代の聖哲である 荘子 です。
無用の用
荘子はこのことを、いくつかのたとえ話を用いて説明しています。その中でも特に有名なものは、あの著名な霊性の大家、ヘンリー・ナウエンも採用したものです。
荘子(内篇) 人間世篇 より
大工の棟梁の石が、斉の国を旅行して曲猿という土地に入ったとき、神社の神木になっている櫟の大木を見た。その大きさは数千頭の牛を覆い隠すほどで、幹の大きさは百かかえもあり、その高さは山を見下ろしていて、地上からは七、八十尺もあるところからはじめて幹が出ている。それも舟を作れるほどに大きい枝が幾十本とはり出ているのだ。見物人が集まって市場のようなにぎやかさであったが、棟梁は見返りもせず、そのまま足を運んで通り過ぎた。弟子たちはつくづくと見とれてから、走って棟梁に追いつくと、尋ねた。「われわれが斧や鉞を手にして師匠のところに弟子入りしてから、こんなに立派な材木は見たことがありません。師匠がよく見ようとせず足を運んで通り過ぎたのはどういうわけでしょうか」。棟梁は答えた。「やめろ、つまらないことを言うな。あれは役立たずの木だ。あれで舟を作ると沈むし、棺桶を作ると腐るし、道具を作るとすぐに壊れるし、門や戸にすると樹脂が流れ出すし、柱にすると虫がわく。全く使いみちのない木だよ」。 さて、その後、棟梁の石が(旅を終えて家に)帰ると、神社の木が夢に現れて、こう言った。「お前はいったいこのわしを何に比べているのかね。お前はおそらくこのわしを(お前たちにとって)役に立つ木と比べているのだろう。いったい梨や橘や柚などの木の実や草の実の類は、その実が熟するとむしり取られもぎ取られて、大きな枝は折られ小さな枝は引きちぎられることにもなる。これは人の役に立つというとりえがあるということによって、かえって自分の生涯を苦しめているのだ。だからその自然の寿命を全うしないで若死にすることにもなるわけで、自分から世俗に打ちのめされているものなのだ。世の中のものごとはすべてこうしたものだ。それにわしは長い間、役に立たないことを願ってきたが、死に近づいた今になってやっとそれがかなえられて、そのことがわしにとっておおいに役だっていることになる。もしわしが役に立つ木であったら、いったいここまで大きくなることができたであろうか。それにお前もわしも生き物であることには全く同じなのに、どうして相手を物扱いして決め付けることができよう。(お前のような)今にも死にそうな役立たずの人間に、どうして役立たずの木であるわしのことが解ろうか。
**
このメッセージのポイントは、(小さな)視点での決め付けは他の(大きな)視点で視たら全くナンセンスなこともある。ということです。
この無用の用にはひとつの前提となる思想があります。
荘子(内篇) 逍遙遊篇 より
北の果ての海に魚がいてその名は鯤という。鯤の大きさはいったい何千里あるのか見当もつかない。(ある時)突然形が変わって鳥となった。その名は鵬という。鵬の背中はこれがまったくいったい何千里あるか見当もつかない。ふるいたって飛びあがると、その翼はまるで大空一杯に広がった雲のようである。この鳥は海が荒れ狂うときになると(その大風に乗って)飛びあがり南の果てへと天翔る。南の果てにあるのは天の池である。[中途省略] 蜩や小鳩がそれ見てあざ笑って言う。「われわれはふるいたって飛びあがり、楡や枋(まゆみ)の枝につきかかってそこに止まるのだが、それさえ行き着けないときもあって地面にたたきつけられてしまうのだ。どうしてまた九万里もの上空に上ってそれから南を目指したりするのだろう。(おおげさで無用なことだ)
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さて、この鵬なるハイパー鳥は、ひとたび飛び上がれば、天空はるかかなた(宇宙空間)にまで上って、自由飛翔するのです。そしてその飛翔の目的地は天の池です。 地上の狭々しい所にいる蜩や小鳩達にとってはこの鵬の大世界のことは解る術もありません(これはこれで良いのですが)。しかしながら彼らが鵬のことをせせら笑っている(これが問題)のは彼らがいる狭々しい世界が絶対世界だと思い込んでいるからです。
荘子やその先師にあたる老子は、これらのことを集約化した概念として、道(タオ)というものを説明しています。老子や荘子はこの道(タオ)がどのようなものかは説明しています。・・それはいわば万物普遍の根源即のようなもの。
しかし老子や荘子はその道そのもの(の実体)が何であるかという説明はなされていません。私たちは聖書によってその道の実体が何であるかという啓示が与えられているのです。それは 「わたしは道であり、真理であり、いのちである」(ヨハネ 14:6)と宣言されたお方。即ち 生ける神のみことば イエス・キリストです。
さて、話を少し戻しますが、聖書にある私たちの本来の在り方とはどのようなものであったかということから説明します。
聖書のみことば 創世記 1:31
神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった。
つまり、私たち人間も含めて、始めに神がお造りになったものは、すべてが極めて良かったのです。しかし私たち人間の内に 罪 が入り込みました。ちなみに聖書が語る罪とは、私たち人間が此世的価値観で思い込んでいるものとは違うものです。教会ではこのことを「的外れ状態」とか、「道から外れた状態」という説明をしていますが、ここでは道のことを取り上げているので、このことは「本来在るべき道から外れた状態」ということで説明させていただきます。私たちは、本来在るべき道から外れてしまったため、失楽園状態となり、しかも他の被造物も巻き添えにしました。そして人間はそのことを何とかしようとして、狭々しい人工的社会を造り上げました。しかしその内には普遍の真理などあるはずもないので、その内には諸悪と混乱で満ちあふれるばかりでした。そして人間はそのことを何とかしようとして様々な偶像を造りました。・・ここでおことわりするのは、偶像とは、必ずしも目に見え、形のあるものとは限らないのです。たとえていうならば、神無し人倫道徳論なども偶像の一つです。人間は偶像から派生する此世的価値観に束縛された者となり、そのことを基準とした、思い込みや決め付けに心が支配されてしまいました。そしてその結末が「自滅へ向かう道」を歩む者となったのです。「私は死ななければならない」という思い込みもその「自滅へ向かう道」を歩んでいるためです。私たちは「自滅へ向かう道」へと導く此世的価値観から解放されなければなりません。
では、それはどうすれば良いのでしょうか。それは「本来在るべき道」に立ち返ることですが、このことは何も、苦しみ抜きながら登りゆくということではないのです。むしろこの道そのものであるお方、即ち 生ける神のみことば イエス・キリストを我が身に受けるのです(注記:我が身の事として ではありません)。このお方によってこそ私たちは「自滅へ向かう道」や私たち人間を束縛している此世的価値観から解放され、真の自由、真の平和を得ることができるのです。 ・・・・ですから皆さん、真の自由、真の平和を得るためにも、解放主 イエス・キリスト を我が身に受けてください。
解放主 イエス・キリストへの愛をこめて 十字架のヨハネ・テレジオ
参考および引用文献
荘子 内篇 金沢治 訳注 岩波文庫
2011年1月6日木曜日
隠されたみことばが結ぶ実
サンダー・シングとドノヴァーから
聖書のみことば ルカ 10:21
そのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれて言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵のある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした」。
マタイ5:11
私のためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことで あらゆる悪口を浴びせられるときあなた方は幸いである。
*
さて、神様の恵みは煮詰まったところよりも、貧しく、渇いた、小さなところにより多くありそうですね。今回も又、サンダー・シングの書からと、あともう一つ、インドにあった実話から紹介させていただきます。
まずは、サンダー・シングの書から
「イエス・キリスト 封印の聖書」第二部 講演録 第三章キリストについて知ることと、キリストを知ること よりの引用
昨年、チベットにいたときに、わたし(サンダー)は驚くべき話を聞きました。ある少女がイエス・キリストについての話を聞いて、主を愛するようになりました。師にあたる仏教の僧はこの少女を憎むようになり、ある日、まだ13歳のこの娘は三日間、水も食物もない部屋に閉じ込められました。彼女にとってはこれは苦しいことでありましたが、自分がイエス・キリストを信じ、そのために独房に入れられたことについては苦しいとは思いませんでした。彼女はその間ずっと祈り続け、幸せな気持ちになり、イエス・キリストについていい知れぬ歓びを覚えるようになりました。三日経って、僧侶が独房に足を踏み入れると、少女がとても幸せそうなのに驚きました。僧の話によると、彼女は「自分はキリスト信者になった」と言ったそうです。「キリストについて何を知っているのか」と僧は聞きました。すると、少女は「あまり知識はありません。でも、一つはっきり言えることがあります。わたしはキリストを知っているのです」と答えました。「愚かな娘だ。お前は文盲ではないか」。と僧は言いました。これに対して娘はこう答えました。「わたしは、親よりもあの方を知っているのです。わたしは親を愛しています。親からも愛されていますが、わたしは、あの方を知っているのです。イエス・キリストはわたしの中にいてくださり、この世界が与えることも、取り去ることもできない生命を与えてくださいます」。僧は「愚かな娘だ」と繰り返すと、また24時間、少女を飲まず食わずのまま独房に監禁しました。それから、また「居心地はどうか」と声をかけました。すると、彼女、疲れているどころか、賛美歌を歌い、歓びで一杯でした。それからまた、2日、3日と監禁され、三日目に戸を開けると、この読み書きできない少女は、相変わらず歌い続け、驚くばかりの平和と歓喜に満たされていました。ラマは告白しました。
「あなたこそ、わたしの師匠だ。わたしは老いて、あなたはまだ13歳の子供だが、わたしはあなたの弟子だ。あなたは、わたしの持っていないものを持っている」と。
**
次に紹介するのはサンダー・シングより少し前の時代にインドで、実際にあった実話です。
ある所に最下層のカースト(ハリ・ジャンと呼ばれている)の貧しい村がありました。そこに一人の少女がいました。その少女の名は ミモサ といいます。ある時、この村に英国人の女性の宣教師が立ちよりました。その人の名はエミー・カーマイケルという人です(この人は日本にも来ています)。この人は少しの間、この村に滞在し、子供たちに話をしていました。 ミモサ はこの人の話のある言葉を心の中に刻み込みました。それは「この世界を造られた父なる神様はあなたを愛しています」というものでした。それ以来 ミモサ はいつも「父なる神」のことを心に留めていました。ミモサはやがて、カーストとヒンドウーの掟に縛られた人々の生活の中で、次第に浮いた存在になっていきました。習慣的におこなわていたシヴァの灰を額に付けるのを拒むようになってからは、親族や周囲の人々から、忌み嫌われるようになりました。また、近くに居た小さなクリスチャン共同体の人々からも、完全に無視されていました。ミモサにとっては、父親だけが、唯一の理解者だったのですが、その父親もやがて亡くなりました。ミモサは本当に孤独の中にいました。それでもミモサは「父なる神」を心に留めていました。ミモサはやがて成長し、一人の夫の妻となり、幾人かの子供を授かりました。ミモサは子供たちを、ヒンドウーの掟によってではなく、「神の愛」によって育てようとしましたが、そのことは親族や周囲の人々から大非難されました。ミモサの家庭ではその後、不幸が次々と起こりました。人々はそのことをこう評し、ミモサをののしりました。「あの女は女神様に捧げ物をしないからこのような事になるのだ。あの女は魔付き女だ」。
ミモサはある時から「父なる神」に向かって、「お父様」と呼びかけるようになりました。それからしばらくしてからミモサは心の中にある呼びかけを聞きました。「ドノヴァーへ行きなさい」。ドノヴァーという所はインドの南端にある小さな村なのですが、そこには「ドノヴァー・フェローシップ」というクリスチャン共同体がありました。その「ドノヴァー・フェローシップ」の設立者は、何と、エミー・カーマイケル師だったのです。その当時、「ドノヴァー・フェローシップ」でおこなわれていたことは、神殿娼婦として売られていく、貧しいカーストの少女たちを救出し、暖かい家庭と適切な教育を提供していました。ミモサはやがて二人の幼子を連れて、家を出ました。長く辛い旅の後、やっとの思いでドノヴァーに付きました。ドノヴァーの村の入り口で、ミモサは一人の白人の女性を見ました。ミモサはその人が23年前に、「父なる神」を教えてくれた人、エミー・カーマイケル師であることがすぐに解りました。エミー師もミモサを見たとき(その姿は苦難の人生のため、実際の年齢以上の姿でした)23年前に立ち寄った村で出会ったあの少女、ミモサであることが解りました。二人は抱擁し合い、涙を流して再開の喜びを分かち合いました。
ミモサのこの23年間の道のりはまさに荒野の旅でした。しかし忠実であり続けたミモサを神様は確かに約束の地へと導き入れたのです。
★★
私達は大量の様々な知識や情報に囲まれています。しかし、どんなに知識や情報を手に入れたところで、それが本物の信仰につながるということではないのです。むしろ、ほんのわずかな隠されたみことばが、単純素朴な人の魂に刻み込まれたとき、それは豊かな実を結ぶのではないでしょうか。
最後に、テゼ共同体の設立者 ブラザー・ロジェの言葉をもって閉めさせていただきます。
単純素朴な神への憧れ、それが(真の)信仰の始まり
聖主キリストへの愛をこめて 十字架のヨハネ・テレジオ
引用および参考文献
イエス・キリスト 封印の聖書 サンダー・シング 林陽 訳 徳間書店
ミモサ エミー・カーマイケル 一柳高明 訳 いのちのことば社
ドノヴァーの碧い空 エミー・カーマイケルの祈りと生涯 いのちのことば社
そのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれて言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵のある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした」。
マタイ5:11
私のためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことで あらゆる悪口を浴びせられるときあなた方は幸いである。
*
さて、神様の恵みは煮詰まったところよりも、貧しく、渇いた、小さなところにより多くありそうですね。今回も又、サンダー・シングの書からと、あともう一つ、インドにあった実話から紹介させていただきます。
まずは、サンダー・シングの書から
「イエス・キリスト 封印の聖書」第二部 講演録 第三章キリストについて知ることと、キリストを知ること よりの引用
昨年、チベットにいたときに、わたし(サンダー)は驚くべき話を聞きました。ある少女がイエス・キリストについての話を聞いて、主を愛するようになりました。師にあたる仏教の僧はこの少女を憎むようになり、ある日、まだ13歳のこの娘は三日間、水も食物もない部屋に閉じ込められました。彼女にとってはこれは苦しいことでありましたが、自分がイエス・キリストを信じ、そのために独房に入れられたことについては苦しいとは思いませんでした。彼女はその間ずっと祈り続け、幸せな気持ちになり、イエス・キリストについていい知れぬ歓びを覚えるようになりました。三日経って、僧侶が独房に足を踏み入れると、少女がとても幸せそうなのに驚きました。僧の話によると、彼女は「自分はキリスト信者になった」と言ったそうです。「キリストについて何を知っているのか」と僧は聞きました。すると、少女は「あまり知識はありません。でも、一つはっきり言えることがあります。わたしはキリストを知っているのです」と答えました。「愚かな娘だ。お前は文盲ではないか」。と僧は言いました。これに対して娘はこう答えました。「わたしは、親よりもあの方を知っているのです。わたしは親を愛しています。親からも愛されていますが、わたしは、あの方を知っているのです。イエス・キリストはわたしの中にいてくださり、この世界が与えることも、取り去ることもできない生命を与えてくださいます」。僧は「愚かな娘だ」と繰り返すと、また24時間、少女を飲まず食わずのまま独房に監禁しました。それから、また「居心地はどうか」と声をかけました。すると、彼女、疲れているどころか、賛美歌を歌い、歓びで一杯でした。それからまた、2日、3日と監禁され、三日目に戸を開けると、この読み書きできない少女は、相変わらず歌い続け、驚くばかりの平和と歓喜に満たされていました。ラマは告白しました。
「あなたこそ、わたしの師匠だ。わたしは老いて、あなたはまだ13歳の子供だが、わたしはあなたの弟子だ。あなたは、わたしの持っていないものを持っている」と。
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次に紹介するのはサンダー・シングより少し前の時代にインドで、実際にあった実話です。
ある所に最下層のカースト(ハリ・ジャンと呼ばれている)の貧しい村がありました。そこに一人の少女がいました。その少女の名は ミモサ といいます。ある時、この村に英国人の女性の宣教師が立ちよりました。その人の名はエミー・カーマイケルという人です(この人は日本にも来ています)。この人は少しの間、この村に滞在し、子供たちに話をしていました。 ミモサ はこの人の話のある言葉を心の中に刻み込みました。それは「この世界を造られた父なる神様はあなたを愛しています」というものでした。それ以来 ミモサ はいつも「父なる神」のことを心に留めていました。ミモサはやがて、カーストとヒンドウーの掟に縛られた人々の生活の中で、次第に浮いた存在になっていきました。習慣的におこなわていたシヴァの灰を額に付けるのを拒むようになってからは、親族や周囲の人々から、忌み嫌われるようになりました。また、近くに居た小さなクリスチャン共同体の人々からも、完全に無視されていました。ミモサにとっては、父親だけが、唯一の理解者だったのですが、その父親もやがて亡くなりました。ミモサは本当に孤独の中にいました。それでもミモサは「父なる神」を心に留めていました。ミモサはやがて成長し、一人の夫の妻となり、幾人かの子供を授かりました。ミモサは子供たちを、ヒンドウーの掟によってではなく、「神の愛」によって育てようとしましたが、そのことは親族や周囲の人々から大非難されました。ミモサの家庭ではその後、不幸が次々と起こりました。人々はそのことをこう評し、ミモサをののしりました。「あの女は女神様に捧げ物をしないからこのような事になるのだ。あの女は魔付き女だ」。
ミモサはある時から「父なる神」に向かって、「お父様」と呼びかけるようになりました。それからしばらくしてからミモサは心の中にある呼びかけを聞きました。「ドノヴァーへ行きなさい」。ドノヴァーという所はインドの南端にある小さな村なのですが、そこには「ドノヴァー・フェローシップ」というクリスチャン共同体がありました。その「ドノヴァー・フェローシップ」の設立者は、何と、エミー・カーマイケル師だったのです。その当時、「ドノヴァー・フェローシップ」でおこなわれていたことは、神殿娼婦として売られていく、貧しいカーストの少女たちを救出し、暖かい家庭と適切な教育を提供していました。ミモサはやがて二人の幼子を連れて、家を出ました。長く辛い旅の後、やっとの思いでドノヴァーに付きました。ドノヴァーの村の入り口で、ミモサは一人の白人の女性を見ました。ミモサはその人が23年前に、「父なる神」を教えてくれた人、エミー・カーマイケル師であることがすぐに解りました。エミー師もミモサを見たとき(その姿は苦難の人生のため、実際の年齢以上の姿でした)23年前に立ち寄った村で出会ったあの少女、ミモサであることが解りました。二人は抱擁し合い、涙を流して再開の喜びを分かち合いました。
ミモサのこの23年間の道のりはまさに荒野の旅でした。しかし忠実であり続けたミモサを神様は確かに約束の地へと導き入れたのです。
★★
私達は大量の様々な知識や情報に囲まれています。しかし、どんなに知識や情報を手に入れたところで、それが本物の信仰につながるということではないのです。むしろ、ほんのわずかな隠されたみことばが、単純素朴な人の魂に刻み込まれたとき、それは豊かな実を結ぶのではないでしょうか。
最後に、テゼ共同体の設立者 ブラザー・ロジェの言葉をもって閉めさせていただきます。
単純素朴な神への憧れ、それが(真の)信仰の始まり
聖主キリストへの愛をこめて 十字架のヨハネ・テレジオ
引用および参考文献
イエス・キリスト 封印の聖書 サンダー・シング 林陽 訳 徳間書店
ミモサ エミー・カーマイケル 一柳高明 訳 いのちのことば社
ドノヴァーの碧い空 エミー・カーマイケルの祈りと生涯 いのちのことば社
2010年12月9日木曜日
サンダー・シングの書を読んで 臨死体験 と お陰
聖書のみことば エフェソ信徒への手紙 2:1-5
さて、あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです。
この世を支配する者、かの空中に勢力を持つ者、すなわち、不従順な者たちの内に今も働く霊に従い、過ちと罪を犯して歩んでいました。わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、生まれながら神の怒りを受けるべきものでした。しかし、憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、---あなたがたの救われたのは恵みによるのです。---
実は、今回は別のテーマを考えていたのですが、先日、ある方からインドの偉大なキリストの聖者サドウ・サンダー・シングの著書を入手したこと。それとその同じ日に 祈りと黙想の集い(テゼ) のなかで、植松功氏がお話しされたなかで、印象に残った話と、この書に書かれているあることがマッチングしましたので、この事について書かせていただきます。
まず、植松氏の話ですが、
植松氏は先日、米国へ行かれたときに、ある書店に入り、そこで一冊の本を手にとりました。その本は臨死体験の事例が書かれているものでした。植松氏の目にとまったのは、ある13歳の少年の事例でした。この話はこういう内容です。
この少年は心肺停止の状態で、病院に運び込まれて来ました。医師たちの懸命の努力で、何とか蘇生し、意識が回復しました。意識が回復した後、ある医師が「あなたは何か見てきましたか」と尋ねました。するとこの少年はこう答えました。「僕は神様に会って来ました。神様は僕たちの祈りを何でも聴いてくださる方でしたよ。それなのに、なぜ大人の皆さんはこの神様への祈りを遠慮しているのでしょう」。
この話はわたしたちに、猛省を促す話ですよね。
さて、本題に入ります。
サドウ・サンダー・シング 「イエス・キリスト 封印の聖書」第Ⅱ部 聖なる教え 第八章 講話録より
ある臨死体験
わたし(サンダー)は、ある青年に「あなたは救い主のために何をしていますか」と尋ねたことあがある。彼はこう答えた。「わたしがしなければならないようなことを、キリストが私にしてくれたのですか」。わたしは言った。「キリストはあなたのために血を流され、いのちをお与えになったのです」。彼は言葉を返した。「待ってください。それはわたし個人のためですか。キリストは全体のためにいのちを与えたのでしょう。わたしが、返さなければならない何かを、キリストがわたし個人にしてくれたのでしょうか」。 数ヶ月後、彼は重い病に倒れ、死の床にあった。そのときに、脱魂して幻を見た。人生の様々な場面が映像になって室内に広がった。その中に、まだ幼い彼が、二階のバルコニーから転落する場面があった。転落するときに、誰かが彼を腕に抱き止め、優しく地面に横たえた。この人の掌には”傷跡”があった。次に、彼は、自分が岩場から落ち、死を覚悟する場面を見た。このときにもある人が彼を救出した。その人の両掌には”傷跡”があった。さらに別の場面で、彼は毒蛇を踏んでいた。だが、ここでも、蛇に噛まれないようにと、何者かが蛇の鎌首を押さえた。その掌には”傷跡”が見えた。次に、室内で密かな罪に耽っている場面を見た。すると、またもその人が現れ、傷を見せながら、罪を犯さないようにと彼に願った。これらの場面を見せられているときに、キリストが現れ、こう言われた、「わたしは、あなたにこれだけのことをしたのにもかかわらず、あなたはわたしが、何もしなかったと考えている。あなたは今、死を前にしている。ここで死ねばあなたは確実に地獄に行く。だが、今度もわたしはあなたを死の淵から救い出す。行って、神があなたのためにした、この大いなる出来事を人々に話しなさい」。こうして、回復した彼は神のしもべとなった。
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実は、私、以前にある方のブログへのコメントで「私は地獄の縁まで行った」といった言葉の入った書き込みをしたところ、その表現が極端であったことと、説明不足のため、その方には大きな誤解を与えてしまいました。このことには大変申し訳なく思います。この「地獄の縁にいる」というのは、なにかの特別な苦悩体験の事ではなく、実は地上に生きているわたしたち皆があてはまるものなのです。しかし、そのわたしたちが平和のうちに生かされているのは、まさに救い主のお陰なのです。
この お陰 という認識は他の宗教の信者の方でも、その方が本物の信仰者であれば、その方の信仰上の立場に応じて、良く理解されていることと思います。また、日本人の伝統的価値観にもそれはあります。(むしろこのことを忘れたのは西洋的キリスト教の方かもしれませんね)
この お陰 を識ることこそが、真の謙遜というものではないでしょうか。謙遜とは決して、消極的抑制思考観のことではないのです。
もう一つのポイントは、私達キリスト者は何でいるのか、ということです。私達はキリストの証人となるように、召されたのです。(使徒言行録 1章8節)キリスト者は決して救いの特権階級ではありません。お陰を知った私達はそのことを、ほかの人に伝える使命があるのです。とりわけ信仰共同体としての教会にとっては最優先課題の大使命です。しかし、この再優先の使命に不誠実であるならば、どうして他の事柄に対して誠実に取り組むことができましょう。
聖パウロやサドウ(聖者)・サンダー・シングのような人々はこの使命に対して、果敢なまでの情熱と誠実さを持っていた人たちでした。偽りの謙遜がこのことを妨害して良いはずはありません。
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この聖者にはなにか途方もない奥深さを感じます。またその実践も聖パウロに匹敵するものがあります。この聖者のことを書くのは容易いことではないでしょうが、せっかく著書をいただいたのですから、なにか気づきがあったら自分の理解できる範囲でこれからも書かせていただきます。
引用文献:
イエス・キリスト 封印の聖書 サンダー・シング 林 陽 訳 徳間書店
2010年11月16日火曜日
本物の信仰とは? 愛のプライオリティ(優先順位)
はじめに
日本語の「愛」という言葉は、なにか抽象的で曖昧な意味合いのように思え、使う人の立場によって様々な(都合の良い)適用がなされています。そしてその法則性は主の教会の中でも、至極当然のように浸透しています。
しかしながら、みことばが語る[愛(アガペ)」とは決して抽象的なものではなく、それは極めて明確なものであり、かつ厳正なものではないでしょうか。まずここで「愛のプライオリティ(優先順位)」というものをみことばの視点から考えていきたいと思います。
聖書のみことば 申命記 6:4-5
聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。
あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
マタイの福音書 10:37-39
(イエスは語る)わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。
わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。
また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。
聖伝的教訓 「キリストにならう」 第七章 すべてを超えてイエスを愛す
イエスを愛して、イエスのために自分を軽蔑する(後回しにする)ことの真の意味を理解する人は幸いである。その愛は、すべての愛を超えるものでなくてはならない。なぜならイエスは、ご自分がすべてを超えて愛されることを望んでおられるからである。被造物への愛は、誤りやすく変わりやすい。しかしイエスへの愛は、誠実で不変のものである。
これは、まさに上述の聖書のみことばの要約であるとともに、明確な説明でもありましょう。
次に、カトリック教会の偉大な教会博士である十字架の聖ヨハネの著書である「霊の賛歌」から少し拾ってみます。
霊魂と天の花婿(キリストのこと)との間にかわされる歌
1.どこにお隠れになったのですか?
愛する方よ、私を取り残して、嘆くにまかせて・・・・・
私を傷つけておいて、鹿のように、あなたは逃げてしまわれました。
叫びながら私はあなたを追って出てゆきました。
でもあなたは、もういらっしゃらなかった。
3.私の愛をさがしながら、私は行こう。
あの山々を越え、かの岸辺を通って。
花も摘むまい、野獣も恐れまい。
強い敵も、国境を超えて行こう。
*最愛のお方をひたすら追い求める者は、他のことは一切眼中になくなるでしょう。その慕い求める思いは全てを捨てて追いかけようとする行為へと駆り立てるでしょう。しかしその道のりは様々な障害や困難もあることでしょう。
6.ああだれが私をいやせようか!
どうか、真にあますところなく、あなたをお渡しください。
もう今日からは私に使者を送らないでください。
私がのぞむことを告げえないあの人たちを。
*この熱い思いは愛するお方以外、だれも鎮めることはできません。また愛するお方との出会いを妨げる惑わしを一切拒絶することでしょう。
他のすべてを超えてキリストを愛するとはまさにこのようなことでしょう。
次に、神を愛することが、最も優先すべきことであるならば、では人に対してはどうなるのでしょうか。
よく教会で聞く話はマルコ12章28節-33節の記述に基づき、第二位の掟として『隣人を自分のように愛しなさい』の言葉をもって、これこそ教会の愛の黄金律として、隣人愛の薦めをしています。しかしこの聖書箇所が語っていることはあくまでも旧約の律法の中でなにが最も大切かという問いかけに対する答えです。むしろ新約の掟として語られているのはヨハネ13章34節でイエス様が語られた事、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」ではないでしょうか。イエス様が「私があなたがたを愛したように」と言われるのであれば、そこに用いられる愛はもはや人間的な情愛ではなく、それ以上のものでしょう。また愛の対象も、もはや隣人ではなく、兄弟姉妹であり、共に生きる家族としてのものでしょう。
では、次に自分自身に対してはどうでしょうか。
十字架の聖ヨハネの著書を読むと、よく「自己否定」とか「自己放棄」とか「自分に対する軽蔑」といった意味合いの事が書いてあり、それをもってこの聖人は極めて厳格で近寄り難しと思われがちですが、この事については、現代人の価値観に生きる私達が文字通りにとるべきではないでしょう。むしろこの聖人の教説の中心的なテーマは何かという視点でとらえるべきです。この聖人の教説の中心的テーマは「神との愛の完全一致」です。自分自身を完全に否定していたら「愛する」ことすら出来なくなるではないですか。
では、この事についてはどのように考えるべきでしょうか。
これはあくまでも私の私見による提案ですが「聖性に向かうための自己愛」というのはいかがでしょうか。
聖性に向かうための自己愛とは
おごることもなく、いたずらに自己卑下することもなく、おかしな自己認識や偏向した思想にとらわれることもなく、自己満足の追求に溺れることもなく、自己利益に固執することもなく、客観的に自分と向かい合い、その上で、たとえその自分がどのような者であったとしても神に多く愛されていることを識ること。ではないでしょうか。
話が長くなってしまったので、ここでまとめてみます。
愛のプライオリティは大きく分けて以下の三段階になるのではないでしょうか。
第一位 神への愛・・・大いなる神の愛の応答として
第二位 兄弟姉妹への愛・・神の愛をもって
第三位 聖性に向かうための自己愛・・霊の賜によって
この第三位のものが確かなものになればなるほど、第一位のものが確かなものとなり、第一位のものが確かなものになればなるほど、第二位のものも確かで豊かなものになっていきます。この循環が正常に働くことによって、本物の信仰や健全な教会の霊性の醸成へとつながるのではないでしょうか。これは一つの秩序でありましょう。もしこれらのことが一つでも軽んじられたり、逆転してしまったら、この秩序はたちまちのうちに崩壊してしまうでしょう。
秩序なき教会の行く末はどうなるのでしょうか。とりわけ偽教師、偽預言者に対しては本物の信仰者たるもの、緊張感をもって警戒する必要があります。
追記:これらのことはあくまでも私見に基づいて書いたもので、正式な手続きを経た、神学的根拠にもとずくものではないことを、とりわけカトリック教会の指導的立場の方々にはご承諾願います。
十字架のヨハネ・テレジオ
引用および参考文献:
「キリストにならう」 バルバロ訳 ドン・ボスコ社
「霊の賛歌」 十字架の聖ヨハネ著 東京女子カルメル会訳 ドン・ボスコ社
「カルメル山登攀」 十字架の聖ヨハネ著 奥村一郎訳 ドン・ボスコ社
2010年10月12日火曜日
本物の信仰とは? 事実の確認
聖書のみことば ヘブライ人への手紙 11:1信仰とは望んでいる事柄を確信(実体化)し、見えない事実を確認すること。 ここで、私がプロテスタント教会に在籍していたときに愛読していた、ウオッチマン・ニー師の著作より、ひとつのエピソードを紹介します。
**以下 ウオッチマン・ニー全集 正常なキリスト者の信仰 より引用
わたしには二人の同労者がいます。一人は倪という兄弟で、もう一人は李という姉妹です。二人とも最近クリスチャンの働きを始めたばかりですが、二人とも近眼です。二人は眼鏡をかけていました。李姉妹は主の前に出て祈りました。「主よ、あなたは盲人をいやされました。あなたはわたしに同じ事がおできになるのではないでしょうか。わたしは眼鏡をかけていては村々の巡回伝道にとても不便です。主よ、いやしてください」彼女はある村へ向かう途中、小さな汽船の上でこの祈りをしました。祈った後、彼女は神が彼女の求めを聞いてくださったことを知りました。彼女は内側に信仰があったので、眼鏡を川の中に投げ込みました。彼女はその結果、いやされました。その知らせを倪兄弟が聞きました。ある日、わたしの所に来て言いました。「神は李姉妹の目をいやされました。神は私にも同じ事をなさるだろうと信じます」。わたしは答えました。「あなたは、神はあなたをいやされるだろうと言いました。これは、あなたがまだその信仰を持ていないことを証明します。あなたはいやされないでしょう」。しかし彼は、神は一つの奇跡を行われるのであり、自分はそのような信仰を持っていると主張しました。二日後、彼は小さな汽船に乗っていました。彼は、祈り眼鏡をはずして水中に投げました。一ヶ月後、わたしは彼に会いました。すると彼は自分の目は少しも良くなっていないと告げました。神はまだ彼をいやしておられなかったようです。わたしは言いました。「12ドル払って眼鏡を新調したらどうですか?そのほうが賢いですよ」。彼は自分が古田に伝道に行くところだが、四ヶ月後に戻ってくると言いました。彼はその時までにいやされるであろうという信仰を持っていました。わたしは言いました。「もしあなたが四か月後に神があなたをいやされると思っているのでしたら、あなたは将来に信仰を置いているのです。これは本物の信仰ではありません」。**
さて、このエピソードでは、李姉妹と倪兄弟は同じ祈りをし、同じ行為をしています。しかしその結果は決定的に違うものです。ではその違いは何でしょうか。
まず、李姉妹は祈り終わった後、ただちに神が聞き入れてくださったことを確認しています。そして眼鏡はもう不要になったことを悟り、処分したのです。それに対して倪兄弟のものはあくまでも「であろう」の仮定に基づくものであり、彼が眼鏡を水に投げ入れたのはいわば「主を試す」行為であったのです。このことをしてニー師は、彼の信仰は本物ではないと評価したのです。
まとめてみますと、ここで語られている本物の信仰とは、成就された事実を確認することに基づくものであり、将来おこるであろうという仮定は本物ではないということです。みことばの約束は、今は目に見えないことであっても、成就されている事実として確認すべきものなのです。私たちが確信を持てきれないのは日々、起きている神の(恵みの)みわざを確認していないからではないでしょうか。
★このテーマはいろいろな話や証が出てきそうですね。次回はすこし違った視点から述べていきたいと思います。
引用文献:
ウオッチマン・ニー全集(第二期 第二十七巻)正常なキリスト者の信仰 日本福音書房
2010年9月6日月曜日
神の栄光の現れ 闇のうちにこそ
聖書のみことば マタイ 27:45,46 (新共同訳)
「さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時ごろ、
イエスは大声で叫ばれた。『エリ、エリ、レマ、サバクタニ。』これは、『わが神、
わが神、なぜお見捨てになったのですか。』という意味である。」
聖書の中には、多くの「神の栄光の現れ(シェカイナ・グロリア)」の記述があります。福音書の中では、皆さんが良くご存じなのが「山上の変容」でしょう。しかし私が思うには、最も端的なものとは「ゴルゴダの十字架」ではないでしょうか。この十字架を包む闇こそが、最も純粋な「神の栄光」ではないかと。
十字架の聖ヨハネは「純粋な神的光に照らされると、人にはそれが闇のように見える」という主旨のことを語っていました。
私たちは、神の光に照らされれば、照らされるほど、自らの内の闇が露わにされ、自分の心の醜さ、罪深さが鮮明にされます。そしてそのことは、その人にとって苦しみとなることもあるでしょう。そしてその闇が自分自身を包み込むとき、たとえその人がどんなに熱心な信仰者であったとしても(否、むしろ熱心な信仰者ほど)神様の存在が、天国の存在が解らなくなることがあります。しかしその闇の中にあっても、ひたすら信仰のうちに前に進むとき、その闇は自分の内につきまとっている様々なエゴやとりとめのないことに対する執着心など、罪の基となる不純物をはぎ取っていく、「浄化の闇」となるのではないのでしょうか。
私は、この頃の教会が、人にとって心地よく、好ましく思えるメッセージばかり語られていることに、何か懸念を感じざろう得ません。十字架の聖ヨハネの著作の「カルメル山登攀」にある「完徳の山」の図には、慰めや喜びばかりを求める道は「不完全な霊の道」とされています。
たしかに「不完全な道」を歩む人も、本当に信仰のある人なら、救われるのですが、はたして、約束の御国・永遠の都の栄光にあずかれるかどうかは、神のみの知るところです。
ちなみに「完全な道」とは、狭く険しい一本道であり、そこにあるのは「無」と「暗夜(闇)」です。
私たちキリスト者の信仰とは本来「十字架の道」であるはずです。今、目の前にあるのは闇です。
しかしその彼方に今は、目に見えない約束の栄光に包まれた御国があることを、私たちは確信しています。(しているはずです!)この確信がなかったら、一体クリスチャン人生に何の意味があるのでしょうか。
十字架のヨハネ・テレジオ
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