2011年7月23日土曜日

心の祈りと鏡 ヘシカスムの「イエスの祈り」

まずは聖書のみことば  ローマ12:12

  希望をもって喜び、苦難を忍び、たゆまず祈るように

**
 
私は長い間、カルメル会士に教えていただいた念祷(心の祈り)というものをしていました。・・・・というよりは、していたつもりだったのです。  しかしそれでも以前は、なにかしら心の中に平安らしきものを感じていました。しかしあの3.11以降、私の心は荒れすさみ、いくら祈ってもこのすさみはますます激しくなるばかりでした。 ちなみにカルメル会の中興の祖であるアビラの聖テレサは念祷について以下の定義をしています。

 イエズスの聖テレジアの自叙伝 第8章 第5節より
  *
 念祷(心の祈り)とは、私の考えによれば、自分が神から愛されていることを知りつつ、その神とふたりだけで語り合う親密な友情の交換にほかなりません。
 *
 つまり、私は自分で勝手に神様と親しく交わっていたつもりになっていただけのことだったのです。(即ち、具体性に欠き、観念だけが先走っていたのです)
 そこで、はてどうしたものかと考えていたところ、あることを思いだしました。 前回の投稿で、私は東方正教会の信仰と霊性に興味を持っているという主旨のことを書きましたが、正教会の特徴は壮麗かつ神秘的な典礼のほかに、単純素朴ながらも深淵な修道の霊性があるのです。現在この東方の修道の総本山とでもいうところが、ギリシャ北東部にある 聖山アトス です。正教の修道士たちの間でよく祈られている祈りが ヘシカスムの「イエスの祈り」 と呼ばれているものです。私は様々な文献を調べましたが、この「イエスの祈り」について、最も的確に説明している文献は「フィロカリア」というもので、これは正教会では「聖書」に次いで尊ばれている本ですが、西洋的キリスト教になれ親しんだ私達にとって、難解なため、比較的解りやすい文献からほんのわずかだけ紹介させていただきます。

 ちなみに私自身がおこなっている「イエスの祈り」を以下に紹介します。

・まず、なるべく人の出入りの少ない部屋に1人でいます。
・そして、床の上に座り込みます。
・次に、イエスの姿を描いたイコンを自分の目線と同じ高さになる位置に置きます。
・そして、イコンと向かい合ったままで、心を静めるために1回深呼吸をし、それから自然な呼吸に合わせて次のような祈りをゆっくりと、くりかえし唱えます。

 「主イエス 神の御子 罪あるわたしをあわれみください」

この祈りをくりかえし唱え続け、1時間くらいしてからでしょうか。 その時は時間の感覚がなくなってよく覚えていないのですが、あるとき 「あ! これは!」という気付きがありました。 それは目の前にあるイコンが私の内に住まわれるイエスを写し出す鏡のように思われたのです。もちろんこのイコンが物理的に鏡に変わったわけではありません。しかしこのイコンが鏡のように見えたのは何らかの形で、イエスが私と対話するために向かい合ってくださったのではないでしょうか。
ーーーー
 では、つぎに私が調べた文献からいくつか紹介します。

  イエススの祈り  第1部 2 イエスの御名の呼吸 より
 *
 それは神秘の沈黙を探し、すべての思いを、たとえそれが許されるもののように見えるものでさえ、それを遠ざけ、心の深みにしっかりと根ざし、「主イエス・キリスト 神の御子よ 私をあえわれみたまえ」と祈るのに適している。時としてある人は「主イエス・キリストよ 私をあわれみください」としか言わないであろう。次には「神の御子よ 私をあわれみください」とさらに変えるだろう。[中途省略] しかし、あまり祈りの形を変えてはいけない。常に同じものであるようにすすめられている。この祈りを注意深く唱えながら、あるいは立ち、あるいは座り、あるいは横たわっているのだろうか。あまりせわしく呼吸せず、なるべくゆっくりと息を長く保つように心がけなさい。[中途省略]汚れた思いがあるのを精神の中に現れたなら、それに注意してはならない。かえって息を保ちつつ、精神を心の中に閉じ込めて、絶えず気を散らすことなく主イエスの名をよびなさい。そうすればこれらのものは見えないが、神の御名によって焼かれて逃れ去るだろう。
*
 次に、あるロシア人の巡礼者の手記である「無名の巡礼者」から紹介させていただきます。 まず、「イエスの祈り」の基本的な行い方について

 無名の巡礼者 第4の物語  より
 *
 (自然な)呼吸に合わせて「イエスの祈り」を心の中に入れたり出したりするようにつとめてください。それは、息を吸い込むときに「主イエス・キリストよ」、はき出すときに「私をあわれんでください」と心に感じるか、あるいは(口で)唱えるのです。そうすれば心の中に快い(霊的な)痛みをおぼえてくるようになり、さらに(霊的に)心全体が気持ちの良い温度で暖められてきます。 さて、これらのことが成し遂げられれば、その後は神様がいよいよ内的な祈りができるようにしてくださいます。もちろんこれらのことについては知恵(人間の浅知恵)による判断からくる一切の望みやその他の思いつきから遠ざかるようにしてください。内的な祈りをするときには何も〔余計なものは)見てはいけないと、聖なる師父たちがはっきりと語っています。
*
 次に、同じ「無名の巡礼者」のなかで、アトス山の修道士がこの祈りについての、より神学的な説明をしています。

 無名の巡礼者 第5の物語 より
 *
 「イエスの祈り」の奥深さはその言葉そのものの中に顕れてているのです。祈りはふたつの部分から成っていますね。はじめの「主イエス・キリスト 神の御子」という部分はイエス・キリストの史実を考えさせてくれます。もしくは教父たちが説明なさっているように、この部分自体が約された福音なのです。そして第2の部分「罪人の私をあわれんでください」は尋常でない方法で私達の弱さと罪深さの由来を伝えています。どうしてかとえば、卑しく取るに足らない、罪深い人間がこの言葉以上に根本的にまた、これ以上適切に哀願を表すことなどできはしないからです。他の嘆願のどれをとっても、この言葉ほど範囲の広い全体を含んだものは他には決してありません。たとえば、もし「私を赦してください。数々の罪の汚れを浄めてください。私から悪い所を取り去り、罪科を帳消ししてください」と祈るとすると、こうしした言葉は全部不安から発しており、罪を逃れようとする不甲斐ない怠慢な人間から生じる唯一の嘆願しか表さないでしょう。それに引き替え「私をあわれんでください」という言葉は、不安の結果である赦しを求める懇願だけでなく、子としての愛の誠実な哀願であり、神のあわれみへの信頼なのです。それは謙虚に己の弱さに気づいている、また己を見張っている手綱を緩めたことを知ている人間の哀願です。それは赦しと恩恵と、誘惑に打ち勝つための、また己の罪深い傾きを克服するための力を神に求めるための哀願です。これは貧しい借り主が、思いやりのある貸し主に借金を免じていただきたい、と頼むばかりか、自分の貧しさを思い遣って、恵みを請い願うのに例えられます。 「私をあわれんでください」という心からの言葉は、いわば「慈しみ深い主よ!私の罪を赦し、生き方を改善する力を与えてください。あなたのみ旨をおこないたいという熱い思いを抱かせ、私の思いと、心の意志があなただけに立ち返るようにしてくだえさい」とお伝えしているのです。
***

 このヘシカスムの「イエスの祈り」は西方教会(カトリック、プロテスタント)などでは、インドのヨガなど東洋的瞑想と混同されがちですが、これはあくまでも、イエスと対話するための「心の祈り」でありアビラの聖テレサが語る念祷と本質的には同じものなのです。呼吸云々は精神を集中するための手段にすぎません。私が思うにはこの「イエスの祈り」の重要な要素は以下の2点に尽きると思います。

 ①ひたすら イエス の御名を呼び続けること。
 ②イエス(神)のあわれみと慈しみに全幅の信頼を持って自分自身を差し出すこと。

 もし、祈ることに行き詰まっている方や、より奥深い内的祈りに入って行きたい方はぜひこの「イエスの祈り」をお薦めします。根気よく続けていると、あなたの前にも、あなたの内に住まわれるイエスがあなたの前に霊的な鏡を置いてくださり、ご自身を写し出してくださるかも知れませんよ。

カルメル山からアトスを眺む    十字架のヨハネ・テレジオ(名前負け)

参考および引用文献

イエズスの聖テレジアの自叙伝 東京女子カルメル会 訳 サンパウロ
イエススの祈り  セル・パスツール    高橋正行 訳 あかし書房
無名の巡礼者  あるロシア人巡礼者の手記 斉田靖子、A・ローテル 訳 エンテルレ書店
修徳の実践   (「フィロカリア」よりの抜粋)  斉田靖子  訳 エンデルレ書店

2011年4月25日月曜日

悲惨と闇と復活の光明

 ご無沙汰しています。私は3月の初め頃、今回はどんなきれい事を投稿しようかと、考えていところ、突然、あの3.11が襲いかかってきました。 そのときから私は心身は無論のこと、霊的にも暗黒の中に落ち込んでいきました。その後、ニュース等で具体的なことを知るにつれ、次第にその闇は深まるばかりでした。特に荒廃した街跡に茫然自失に立ちすくんでいる人の姿を見ると、まさにこの悲惨の中に自分自身が居るのを見たように思えました。 さらに追い打ちをかけたのが、十分過ぎるくらいに心に深傷を負っている人々に、むやみやたらに「ガンバレ!ガンバレ!」などという無神経メッセージを送って、さらにその傷口を広げている周囲の無神経者たちでした。

 その後、しばらくしてちょうど聖週間も近づいてきた時なので、少なくとも自分の心の状態を整理するために、聖金曜日から復活日まで、上野毛のカルメル会に滞在させていただきました。

 復活徹夜祭の典礼のなかで、ある若い有望な神父様が、このような話をされました。 「主イエスは、失われたアダムを見つけ出し、本来在るべき所に連れ返すために、地獄の底まで降りて行ったのです。そして、この本来在るべき所とは、かつての地上の楽園なのではなく天上の楽園なのです」。
 さらにつけ加えられたことは、このアダムとは単に、個人としてのアダムにとどまらず、アダムの子孫としての全ての人間(アダム)のことを指すのだということです。

 「東方の光」 聖週間の賛詞より

 イエスよ、あなたは死者のように 
 自発的に地下まで降りて行き
 罪に墜ちていた全ての人を
 天の住み家へとひきあげられた
 御父に従順なるみことばよ
 あなたは残酷な地獄まで降りて行き
 死すべき人類を復活させた。
**

 私は、この頃、正教会の信仰と霊性に興味を持つようになったのですが、正教の信仰の特徴というのは、十字架以上に復活光明の希望と喜びにあるとのことです。

 日本正教会では、ご復活の日には「光明なる主の復活大祭」というのが行われ、その日には信者の方々は、実に力強い言葉で「ハリストス(キリスト)!復活!!」 「実に!復活!!」という挨拶が教会のあちらこちらで交わされるようです。 これは何と、希望に満ちた挨拶ではありませんか。

 復活とは、単にキリストの復活にとどまらず、私たち人間全ての復活であることは、キリスト者の方にとっては、当然ご承知のことでしょうが、それはまた,世界の再創造でもあるのです。
 そして、それは、今、この時にも起こっている事なのです。

「東方の光」 聖ヨハネ・クリュソストモスのメッセージと伝承されているもの  より

 ・・・・・・みなさん、主の喜びに入ってください。
 はじめからの人たちも、あとから来た人たちも
 みんな報いを受けてください。
 豊かな人たちも、貧しい人たちも、(悲惨の中にいる人達も*1)
 みんな一緒に喜んでください。
  [中途省略]
 みんな 楽しく喜び祝ってください この信仰の宴を。
 みんな、神の豊かな慈しみを受けてください。
 今日の佳き日に、だれも自分の悲惨さを
 泣き悲しむことがありませんように。
 [中途省略]
 もう、だれも死を恐れませんように!
 救い主の死は 私たちを解放してくださいました。
 救い主は死をまとって 死そのものを根絶されました。
 主は地獄へ下って行き 地獄を空にしました。
 死よ、お前の刺はどこにあるのか?
 地獄よ、お前の勝利はどこにあるのか?
 キリストは復活し、地獄は打ち砕かれた。
 キリストは復活し、悪魔は倒されました。
 キリストは復活し、天使達は喜びにあふれています。
 キリストは復活し、わたしたちに命を与えました。
 キリストは復活し、死者たちはもはや墓にはいません。
 死者の中から復活したキリストは、
 眠っている人々の初穂となられました。
 (栄唱)

*1 筆者追記
***

 さて、今もなを、悲惨と闇と苦しみの中にいる、愛する方々へ、あなたがたが、どれほどの苦しみを担っているかは、私ごとき者が知る術はありません。しかし、これだけは解ってください。
 あなたがたが、信じようが、信じまいが、あなたたちに裏切ることのない希望を与えてくださるお方がおられることを。
 あなたがたが、信じようが、信じまいが、消えることのない光で照らしてくださるお方がおられることを。

 暗夜の旅人      十字架のヨハネ・テレジオ

参考および引用文献

東方の光    ミッシェル・エフドキモフ  稗田操子 訳  ドン・ボスコ

2011年3月1日火曜日

イエスのみ腕に抱かれて
 ファニー・クロスビーと聖テレーズ

 私は、このごろ、盲目の賛美詩人ファニー・クロスビーと幼いイエスの聖テレーズ(一般名称:リジューのテレーズ)の霊性がとてもよく似ていることに気付いたのです。
 この両者は、生まれた国も、時代も、生い立ちや生涯も、背景の教会も違います。しかしなぜこれだけ似ているのでしょうか。今回は私の知る範囲内の情報を紹介しながら、このことを探っていきたいと思います。

まず、始める前に

聖書のみことば    イザヤ 66:12-13a

 主はこう言われる。見よ、わたしは彼女に向けよう
 平和を大河のように 国々の栄えを洪水の流水のように
 あなたは乳房で養われ、抱いて運ばれ、膝の上であやされる
 母がその子を慰めるように わたしはあなたを慰める。

 盲目の賛美詩人ファニー・クロスビー(正式名:フランシス.J.クロスビー)

 1820年3月24日、ニューヨーク州の片隅の貧しい家に生まれる。父はすぐに亡くなり、母親と敬虔なキリスト者の祖母のもとで、育てられました。生まれて六週間くらいのときに、目に異常が見つかり、医師の治療を受けたところ、医師が重大なミスを犯してしまい、失明してしまいました。ちなみにこの医師は、町の人々から大非難され、失踪してしまったそうです。また、これは後々のことですが、ファニー女史はその自伝の中で、このようなことを書いています。「もし私がこの医師に会ったらこのように申し上げたいのです。『このことはあなたにとっては(医師として)ミスかも知れませんが、神様にミスはないのです。むしろこのことは私にとっては恵みなのです。私はこの事を感謝しています』 」・・・・これは何というAmazingGrace  ・・・ 

 ファニー女史は大いなる神の恵みと豊かな詩の賜を受け、特にその詩の賜をおおいに発揮しました。その詩のいくつかは、ポピュラー作曲家の目にとまり、その詩から作曲された歌は全米で大ヒットしました。しかし、本来、信仰心の厚いファニー女史はそのことに何かむなしさを感じていました。「私の詩が酒場のようなところで歌われている。そんなつもりではなかったのに・・・・」。
 ファニー女史はやがて、成長し自分が学んだ盲学校の教師として勤めるようになりました。その同僚である敬虔なキリスト者のへスター女史から賛美詩を書くように薦められました。しかしファニー女史はまだためらいがありました。「私の詩は酒場で歌われているのよ、そんな詩が聖なる教会で・・・・」。しかし本来、信仰深いファニー女史はへスター女史に教会に誘われているうちに、次第に賛美詩を書きためるようになっていきました。しかし、あるとき重大事態が起きました。全米で猛威をふるっていたコレラの魔手はこの盲学校にも襲い、へスター女史も、愛する生徒も亡くなってしまったのです。ファニー女史は大きな悲しみの中にいましたが、それでも少しずつ賛美詩を書き続けていました。その後、新任の音楽教師として着任したアレクサンダー・ヴァン・アルスタイン氏(この人も盲目の人です)と結婚し、盲学校の職を辞し、賛美詩を書くことに専念するようになりました。しかしながら、その時代の社会は障害者に大変冷たかったので、その生活は極めて貧しいものでした。しかしながら、一人の子供を授かり、一時の幸せを味わったのですが、やがてその子供も病死に、ファニー女史は大変な悲嘆の中にいました。
 そんなあるとき、ファニー女史のもとに、賛美歌などを手がける作曲家のウイリアムズ・ドーン氏が訪れ、自作の曲を弾いて聞かせました。するとファニー女史は「あら!それはイエスのみ腕に と言っているわ」と言ってたちまちのうちにその詩を書き上げたのです。 以下に、「イエスのみ腕に」の原詩の訳を紹介します。

  賛美歌・聖歌ものがたり 第15章 ファニー・クロスビー より

1. 安らかに、主イエスのみ腕にいだかれて 安らかに、やさしいみ胸によりそって
  主の愛の影におおわれて、私の心は憩います。ああ、あれは天使の歌声です。
     栄えに満ちた野山をこえて,碧玉の海をこえて、私の耳に響くのlは。

2. 安らかに、主のみ腕にいだかれるとき、やつれるほどの労苦を忘れ、
   世の誘惑から守られて、罪も私を損ないません。
   悲嘆によって砕かれた心も癒やされ、疑い恐れからときはなたれます。
   試練に涙することもあるでしょうが、それもしばしのことです。

3. 主イエスは私の避けどころ、主イエスは私の罪のために死にました。
  千歳のいわおによりすがり、とこしえに主を信頼します。
  この地上で忍耐をもって待ちわびます。闇夜が明けるまで、
  朝がふたたび訪れて、黄金の岸が輝く時まで。

**

 艱難辛苦の人生を歩んできたファニー・クロスビーにとって、幼子の信頼をもって
イエスのみ腕にいだかれて、その身にすべてをゆだねていたとき、肉的には目が見えず闇のなかにいても、霊的には光り輝くみ国が見えていたのでしょうね。
 ファニー・クロスビーはその他にも、多くの賛美詩を書き、その数五千ほどといわれています。その多くは、聖歌・賛美歌となり、今でも世界中の人々に愛唱され続けています。 ファニー・クロスビーは、今までも、今も、これからもイエスの愛と希望を世界中の人々に送り届けているのです。

 では、次に 

幼いイエスの聖テレーズ

 本名:テレーズ・マルタン 正式修道名:幼いイエスと尊き面影のテレーズ 
 一般名称:リジューのテレーズ
  1873年 フランスのアランソンという街に、5人姉妹の末妹として生まれました。(実際にはこの両親には9人の子供が生まれたのですが、そのうちの4人は幼くして亡くなりました) この5人姉妹は全員修道女になっています。そのうちの4人は同じリジューのカルメル会に入りました。この両親も立派なキリスト者でした。
 テレーズが2歳のとき、母が帰天し、ノルマンディー地方のリジューという小さな町に引っ越ししました。テレーズは何か、幼いときから神からの召命を感じていたのですが、母代わりとなっていた姉2人が次々と修道女となってしまい、その志はますます強くなり15歳のとき、リジューの町にある跣足カルメル会という禁域の観想修道会(*1)の修道院に入りました。テレーズはその単調な修道院の生活の中で、人目につくことなく、日常生活の微細なことに神の愛を塗り込めていました。テレーズは23歳のとき、結核を発病し、その病のなかでの修道生活は、肉的にも霊的にも大変な苦しみの内にあったようです。とりわけ最後の半年間は毎日が十字架釘付状態でした。しかし、その中でもテレーズはイエスへの愛を告白し続けました。テレーズは24歳の秋のある日、真の公生涯を始めるために、天国へ連れ帰されました。

  *1 禁域の修道院とは、必要最小限以外には、外部との接触を断ち、日々、祈りと単純労働で共同生活を営む修道院のことです。

 テレーズは、よくイエスのことを「私のフィアンセ」と呼んでいました。これは今では当たり前のことなのですが(神学的にも大正解)この当時のカトリックの修道女としては極めて大胆な表現だったのです。
**
 私のフィアンセは「どの国にいきたいか」とお尋ねになりました。それで小さいフィアンセは「愛の山の頂に参りとうございます」とお答えしました。「では、どの道を通って行こうか」とお尋ねになったので、「み旨のままに」と答えました。すると私のフィアンセは、私の手をお取りになって、暑くも寒くも風もない暗い地下道に連れて行かれました。この地下道で見えるものは、あのお方の伏せられた眼差しから放たれる光だけ。主は何も言いません。私も何も言いません。私も「主よ、自分自身よりもあなたを愛します」という意外には。〔手紙91]
**
 さて、この暗い地下道の行き着く先はどこでしょう。それは何と、天に昇るエレベーターだったのです。
**
 おお!イエスさま。私を天まで昇らせるエレベーター。それはあなたのみ腕なのです。ですから、私は大きくなる必要はありません。かえって小さなままでなければなりません。〔自C〕
**
テレーズのメッセージの中で最も大きな位置を占めるのは「小さい道」と呼ばれるものです。テレーズは「小さい道」を説明するのに様々な表現を用いています。
** 
 小さな幼児が、階上にいる愛するパパのところに行こうとして階段を登ろうとします。しかしその小さな足は、1段目にも届きません。しかしそれでも小さな足を上げ続けます。それを見かねた愛するパパはたまらなくなって、一気に駆け下り、愛する我が子をそのみ腕に抱き上げ、一気に(エレベータで)登りました。
**
 テレーズの「小さい道」は私たちに幼児のような信頼さえあれば、イエスの愛と希望を易しくわが身に受けることが出来るのだということを教えてくれました。

 テレーズもまた、今までも、今も、これからもイエスの愛と希望を世界中の人々に送り届けているのです。・・・・・それは、まるで天からのバラの雨を降らすが如く。
★★
 この両者のなした偉大なことにしては、ほんの僅かのことしか紹介できませんでしたが(全く少ない!)これだけを見ても、この両者の霊性はよく似ていると思われませんでしょうか。むしろ、似ているというよりも、この両者の信仰の本質性は同質のものであるかと思われます。では、その同質性は何かというと

  ひたむきに いつわりなく イエスを愛し 
 信頼して すべてをゆだねて

ということではないでしょうか。これこそが本物の信仰の道を歩む一番の秘訣かもしれませんね。

☆ 今回は、2人の大聖人(ちなみにファニー・クロスビーはメソジスト教会の人なので列聖制度はありません)のことを一気に取り上げたので話し足らずで申し訳ありません。今後、別々に少しずつ小出しに紹介させていただきます。(特にテレーズはたくさんあります)

私にとってもフィアンセ主
           イエス・キリストへの愛を込めて 十字架のヨハネ・テレジオ

参考および引用文献

賛美歌・聖歌ものがたり  大塚野百合    創元社
幼いイエスの聖テレーズの自叙伝
    テレーズ・マルタン 東京女子カルメル会&伊従信子 訳 ドン・ボスコ社
幼いイエスの聖テレーズの手紙  
    テレーズ・マルタン  福岡女子カルメル会 訳 サンパウロ社
ある人生のものがたり   G・ゴッシェ    徳山登 訳   聖母の騎士社
果てしない希望 リジューのテレーズ  菊池多嘉子   ドン・ボスコ社

2011年2月10日木曜日

破れたテントでイエスのレッスン
 シスター・ブリージの証

 荒川の河川敷を歩いていると、青いビニール小屋のテントが目に付きます。その中にはぼろぼろに破れた穴の開いたテントもあり、この厳冬の中で生活している人のことを思うと心痛むばかりです。しかし、そんなことを言っている自分自身もその破れたテントであることをどれだけ自覚していることでしょう。
 今回紹介するシスター・ブリージという人は、癒しの賜で知られている人ですが、シスター・ブリージの癒しの賜とは、この頃のキリスト教界でよく行われているデモンストレーション的なものではなく、むしろローマの百人隊長(マタイ8:5-13、ルカ7:1-10)のようです。今回紹介するのはそれとは別の話です。

 はじめにシスター・ブリージの簡単なプロフィールを紹介します。

  本名: ブリージ・マッケナ
  1945年アイルランド生まれ。15歳で聖クララ姉妹会入会。誓願後、渡米し、24歳の時、重症のリューマチ関節炎の人の奇跡的な癒しがあり、1974年には司祭職への深い霊的洞察力をいただく。 以降、世界各地の司教や司祭たちから黙想会や講話などを依頼され、謙虚で献身的な奉仕を続けている。

まず、始める前に

 聖書のみことば
     ヨハネ 14:23


  イエスはこう答えて言われた。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしはその人の所に行き、一緒に住む」

     ガラテア   2:20

  生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。
*
ブリージ・マッケナ 祈りー恵みの泉ー 
      第二章 主は打ち砕かれたテントに住まわれる よりの引用

破れたテント
 数年前、年の黙想会のとき、私はひどい誘惑で落ち込んでいました。その夜、考え得る全ての誘惑があったのです。翌日ミサ(聖餐式に相当するもので、カトリック教会では『感謝の祭儀』と呼んでいます)に行く道々、昨夜の悪い攻撃と誘惑のためにボロボロとなり、落ち込んでいるのを感じました。聖体拝領(ミサの要素の中核となるものです)の列を歩きながら、私は信仰告白をしました。「イエス様、私はあなたをお受けすると信じています。でも私はもうボロボロになってしまい、落ち込んでいます。あなたをいただくにはふさわしくないように感じます」と言いました。 ご聖体(聖餐のパンのことで、文字通りキリストの体)をいただく前は、このような気持ちでした。ところが、聖なるホスティア(ご聖体と同意)をいただいて、自分の席に戻ろうとしたとき、私ははっきりとしたテントのイメージを受けたのです。そのテントを見て、「まあ、あのみずぼらしいテントは本当にボロボロだこと!」と思ったことを覚えています。私はそれを念入りに見て「ひどい嵐で壊されたにちがいないわ」と言ったのも思い出します。自分の席についてひざまずいたとき、私は一人の男の人がテントに入ろうとしているのを見ました。そのイメージの中には私もいて、その人にこう言っていました。「ああ、そのテントに入ることはできませんよ。めちゃくちゃに散らかっています。ボロボロです。その中には大きな穴があるのです」。 その男の人はほほえんでこう言ったのです。「どういう意味ですか?わたしはその中に住んでいるのです」。 その瞬間、私は自分こそ、そのボロボロのテントだということがわかったのです!その夜中に感じた失望への誘惑や罪、イライラさせる全てのことで、私はボロボロに壊されていることに気が付いたのです。今イエスは、そのボロボロの私の内をご自分の家にしてくださっているのでした。それは私を非常に謙虚にさせました。私は今まで自分がボロボロのテントなどとは考えたこともありませんでした!  その時、イエスが私をテントの中に連れて行ってくださったようでした。 イエスがテーブルに座っておられ、私もイエスと共にそこに座っているのを見ました。イエスはテーブルの向こう側に座られ、私の両手を握って私に話しておられました。

 イエスが私に話してくださっていたとき、私はテントに目を向けて言いました。「まあまあこのテントを見てください!人々は何と思うでしょうか?こんなに散らかって!」 私はちょっと失礼してから、イエスの手から自分の手を離しました。椅子を引き、その椅子に乗って、そのテントの穴を封じようとしました。私は、「人がこの穴を見たらどう思うだろう」と考えていたのです。私はそのテントが人々の目に良く映るようにと、そればかり気遣っていました。
 イエスが私をやさしく下ろしてくださるのを感じたのはそのときでした。イエスは深い思いやりのこもったまなざしで私を見つめておっしゃたのです。 「ブリージ、もしあなたがこうした穴のことや、この穴を繕う作業にばかりに夢中になっていれば、わたしのことを忘れてしまうでしょう。でも、あなたがわたしに夢中になれば、そのときはわたしがあなたのテントを繕ってあげましょう」。 私は、誘惑や自分の罪のことなどで、心配したり、どのような始末をしたらいいかとか、他の人がどう思うかなど心配することに多くの時間を費やしていたことに気づきました。 悔い改めや回心は、私がイエスに夢中になり、イエスの方向に向き直るときに起こるのだ、と主は私に示してくださいました。イエスに向くとき、あなたは自動的に罪に背を向けるのです。
 [ 中途省略 ]
 主は第二のレッスンをそのテントを使って示してくださいました。
再び、私はイエスと共にテーブルについていました。テントの外をのぞいてみると、多くの問題を持った人々、病人、苦境にある人々がテントの方に来るのが見えました。私は、「ああ、この人たちは、私を必要としているから、私が行かなくては・・・・・・・」と言いました。「やれやれ、こうした問題を全部どのように処理したらいいのかしら?こんなにたくさんの人々・・・、そしてこんなに多くの問題を?」と言っていました。テントの入口に立って、彼らをどうやって助けようと考えていたとき、再び私を引き戻すイエスの御手を感じました。イエスは人差し指を動かして、ほほえみを浮かべておっしゃいました。「彼らはあなたに問題を解決してもらいに来るのではないのです。彼らはわたしがあなたの内に住んでいるから、ただそれであなたの所に来るのです。もしあなたが立ち上がって『私がこれをしなくては・・・』と言えば、そのとき、あなたはわたしがいやし主であり、わたしが平和をもたらす者であることを忘れてしまうでしょう。病人をいやすのはわたしです。 あなたは、ただ道具になってもらいたいのです。ですから、あなたは今日はただ座っているだけで、わたしをドアの所に行かせてごらんなさい」 私はイエスに「わかりました。今やっとあなたを信頼する人は失敗することがない。という意味がわかりました。もし私が自分でやろうとすれば、私は失敗してしまうでしょう」。と言っている自分を発見しました。
***
 このレッスンの証のメッセージポイントは次のようなものになるのではないでしょうか。

① 私(達)こそがボロボロの破れたテントであることを識ること。
② この破れたテントにイエスが共に生活してくださること。
③ この破れたテントの修復は私(達)ではなく、イエスがしてくださる。私(達)はイエスに夢中になっていれば良い。
④同じ河川敷の、破れたテントに住む、隣人たちの苦境状態を私(達)が何とかしようとするのではなく、イエスが私(達)を道具として用いて、必要(以上)なことをしてくださる。
★★
 アウトドア生活に縁のない私にとって、テントのイメージは今ひとつピンとこないのですが、街の裏側にある、いつ撤去されてもおかしくないような、崩れかかった廃屋のようなものかなという気がします(いやいやそんな上等なものではないですね)。しかしこのような所にも、否、このような所にこそ、イエスは一緒に住んでくださるのでしょう。

同居主 イエス・キリストへの愛をこめて     十字架のヨハネ・テレジオ

参考および引用文献
祈り―恵みの泉―    ブリージ・マッケナ     聖母文庫

2011年1月18日火曜日

役立たずがなんでいけないの? タオとキリスト

 年始のニュースで、昨年も自殺者が三万人を超え、これで13年連続となりました。というニュースを聞かされ暗澹とした思いになりました。実は私自身もかつて、この三万人の仲間入りをする半歩手前まで行ったのです。その時の私の心境は「もう絶望だ」とか、「もう疲れた」とか「もう死にたい」とかいうよりも、むしろ「私は役に立たない者となった、私は死ななければならない」という積極的ともいえる自殺願望があったのです。おそらく経済原理・効率優先を主体とする此世的価値観に支配されている社会から排除され、鬱の病になり自殺に向かおうとしている人の心境の多くは同じではないかと思うのです。ではなぜこのような思い込みにとらわれてしまったのでしょうか。
 今回は少し視点を変えて、別の入口から入ります。まずはじめに紹介するのは、中国古代の聖哲である 荘子 です。

 無用の用

荘子はこのことを、いくつかのたとえ話を用いて説明しています。その中でも特に有名なものは、あの著名な霊性の大家、ヘンリー・ナウエンも採用したものです。

荘子(内篇) 人間世篇 より

大工の棟梁の石が、斉の国を旅行して曲猿という土地に入ったとき、神社の神木になっている櫟の大木を見た。その大きさは数千頭の牛を覆い隠すほどで、幹の大きさは百かかえもあり、その高さは山を見下ろしていて、地上からは七、八十尺もあるところからはじめて幹が出ている。それも舟を作れるほどに大きい枝が幾十本とはり出ているのだ。見物人が集まって市場のようなにぎやかさであったが、棟梁は見返りもせず、そのまま足を運んで通り過ぎた。弟子たちはつくづくと見とれてから、走って棟梁に追いつくと、尋ねた。「われわれが斧や鉞を手にして師匠のところに弟子入りしてから、こんなに立派な材木は見たことがありません。師匠がよく見ようとせず足を運んで通り過ぎたのはどういうわけでしょうか」。棟梁は答えた。「やめろ、つまらないことを言うな。あれは役立たずの木だ。あれで舟を作ると沈むし、棺桶を作ると腐るし、道具を作るとすぐに壊れるし、門や戸にすると樹脂が流れ出すし、柱にすると虫がわく。全く使いみちのない木だよ」。 さて、その後、棟梁の石が(旅を終えて家に)帰ると、神社の木が夢に現れて、こう言った。「お前はいったいこのわしを何に比べているのかね。お前はおそらくこのわしを(お前たちにとって)役に立つ木と比べているのだろう。いったい梨や橘や柚などの木の実や草の実の類は、その実が熟するとむしり取られもぎ取られて、大きな枝は折られ小さな枝は引きちぎられることにもなる。これは人の役に立つというとりえがあるということによって、かえって自分の生涯を苦しめているのだ。だからその自然の寿命を全うしないで若死にすることにもなるわけで、自分から世俗に打ちのめされているものなのだ。世の中のものごとはすべてこうしたものだ。それにわしは長い間、役に立たないことを願ってきたが、死に近づいた今になってやっとそれがかなえられて、そのことがわしにとっておおいに役だっていることになる。もしわしが役に立つ木であったら、いったいここまで大きくなることができたであろうか。それにお前もわしも生き物であることには全く同じなのに、どうして相手を物扱いして決め付けることができよう。(お前のような)今にも死にそうな役立たずの人間に、どうして役立たずの木であるわしのことが解ろうか。
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 このメッセージのポイントは、(小さな)視点での決め付けは他の(大きな)視点で視たら全くナンセンスなこともある。ということです。
 この無用の用にはひとつの前提となる思想があります。

荘子(内篇)  逍遙遊篇  より

 北の果ての海に魚がいてその名は鯤という。鯤の大きさはいったい何千里あるのか見当もつかない。(ある時)突然形が変わって鳥となった。その名は鵬という。鵬の背中はこれがまったくいったい何千里あるか見当もつかない。ふるいたって飛びあがると、その翼はまるで大空一杯に広がった雲のようである。この鳥は海が荒れ狂うときになると(その大風に乗って)飛びあがり南の果てへと天翔る。南の果てにあるのは天の池である。[中途省略] 蜩や小鳩がそれ見てあざ笑って言う。「われわれはふるいたって飛びあがり、楡や枋(まゆみ)の枝につきかかってそこに止まるのだが、それさえ行き着けないときもあって地面にたたきつけられてしまうのだ。どうしてまた九万里もの上空に上ってそれから南を目指したりするのだろう。(おおげさで無用なことだ)
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 さて、この鵬なるハイパー鳥は、ひとたび飛び上がれば、天空はるかかなた(宇宙空間)にまで上って、自由飛翔するのです。そしてその飛翔の目的地は天の池です。 地上の狭々しい所にいる蜩や小鳩達にとってはこの鵬の大世界のことは解る術もありません(これはこれで良いのですが)。しかしながら彼らが鵬のことをせせら笑っている(これが問題)のは彼らがいる狭々しい世界が絶対世界だと思い込んでいるからです。
 荘子やその先師にあたる老子は、これらのことを集約化した概念として、道(タオ)というものを説明しています。老子や荘子はこの道(タオ)がどのようなものかは説明しています。・・それはいわば万物普遍の根源即のようなもの。
 しかし老子や荘子はその道そのもの(の実体)が何であるかという説明はなされていません。私たちは聖書によってその道の実体が何であるかという啓示が与えられているのです。それは 「わたしは道であり、真理であり、いのちである」(ヨハネ 14:6)と宣言されたお方。即ち 生ける神のみことば イエス・キリストです。

 さて、話を少し戻しますが、聖書にある私たちの本来の在り方とはどのようなものであったかということから説明します。

 聖書のみことば 創世記 1:31

神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった。

 つまり、私たち人間も含めて、始めに神がお造りになったものは、すべてが極めて良かったのです。しかし私たち人間の内に 罪 が入り込みました。ちなみに聖書が語る罪とは、私たち人間が此世的価値観で思い込んでいるものとは違うものです。教会ではこのことを「的外れ状態」とか、「道から外れた状態」という説明をしていますが、ここでは道のことを取り上げているので、このことは「本来在るべき道から外れた状態」ということで説明させていただきます。私たちは、本来在るべき道から外れてしまったため、失楽園状態となり、しかも他の被造物も巻き添えにしました。そして人間はそのことを何とかしようとして、狭々しい人工的社会を造り上げました。しかしその内には普遍の真理などあるはずもないので、その内には諸悪と混乱で満ちあふれるばかりでした。そして人間はそのことを何とかしようとして様々な偶像を造りました。・・ここでおことわりするのは、偶像とは、必ずしも目に見え、形のあるものとは限らないのです。たとえていうならば、神無し人倫道徳論なども偶像の一つです。人間は偶像から派生する此世的価値観に束縛された者となり、そのことを基準とした、思い込みや決め付けに心が支配されてしまいました。そしてその結末が「自滅へ向かう道」を歩む者となったのです。「私は死ななければならない」という思い込みもその「自滅へ向かう道」を歩んでいるためです。私たちは「自滅へ向かう道」へと導く此世的価値観から解放されなければなりません。
 では、それはどうすれば良いのでしょうか。それは「本来在るべき道」に立ち返ることですが、このことは何も、苦しみ抜きながら登りゆくということではないのです。むしろこの道そのものであるお方、即ち 生ける神のみことば イエス・キリストを我が身に受けるのです(注記:我が身の事として    ではありません)。このお方によってこそ私たちは「自滅へ向かう道」や私たち人間を束縛している此世的価値観から解放され、真の自由、真の平和を得ることができるのです。 ・・・・ですから皆さん、真の自由、真の平和を得るためにも、解放主 イエス・キリスト を我が身に受けてください。

解放主 イエス・キリストへの愛をこめて           十字架のヨハネ・テレジオ

参考および引用文献
荘子   内篇     金沢治 訳注    岩波文庫

2011年1月6日木曜日

隠されたみことばが結ぶ実
 サンダー・シングとドノヴァーから

聖書のみことば  ルカ 10:21

  そのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれて言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵のある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした」。

           マタイ5:11

 私のためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことで あらゆる悪口を浴びせられるときあなた方は幸いである。
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 さて、神様の恵みは煮詰まったところよりも、貧しく、渇いた、小さなところにより多くありそうですね。今回も又、サンダー・シングの書からと、あともう一つ、インドにあった実話から紹介させていただきます。

 まずは、サンダー・シングの書から
「イエス・キリスト 封印の聖書」第二部 講演録 第三章キリストについて知ることと、キリストを知ること    よりの引用 

 昨年、チベットにいたときに、わたし(サンダー)は驚くべき話を聞きました。ある少女がイエス・キリストについての話を聞いて、主を愛するようになりました。師にあたる仏教の僧はこの少女を憎むようになり、ある日、まだ13歳のこの娘は三日間、水も食物もない部屋に閉じ込められました。彼女にとってはこれは苦しいことでありましたが、自分がイエス・キリストを信じ、そのために独房に入れられたことについては苦しいとは思いませんでした。彼女はその間ずっと祈り続け、幸せな気持ちになり、イエス・キリストについていい知れぬ歓びを覚えるようになりました。三日経って、僧侶が独房に足を踏み入れると、少女がとても幸せそうなのに驚きました。僧の話によると、彼女は「自分はキリスト信者になった」と言ったそうです。「キリストについて何を知っているのか」と僧は聞きました。すると、少女は「あまり知識はありません。でも、一つはっきり言えることがあります。わたしはキリストを知っているのです」と答えました。「愚かな娘だ。お前は文盲ではないか」。と僧は言いました。これに対して娘はこう答えました。「わたしは、親よりもあの方を知っているのです。わたしは親を愛しています。親からも愛されていますが、わたしは、あの方を知っているのです。イエス・キリストはわたしの中にいてくださり、この世界が与えることも、取り去ることもできない生命を与えてくださいます」。僧は「愚かな娘だ」と繰り返すと、また24時間、少女を飲まず食わずのまま独房に監禁しました。それから、また「居心地はどうか」と声をかけました。すると、彼女、疲れているどころか、賛美歌を歌い、歓びで一杯でした。それからまた、2日、3日と監禁され、三日目に戸を開けると、この読み書きできない少女は、相変わらず歌い続け、驚くばかりの平和と歓喜に満たされていました。ラマは告白しました。
「あなたこそ、わたしの師匠だ。わたしは老いて、あなたはまだ13歳の子供だが、わたしはあなたの弟子だ。あなたは、わたしの持っていないものを持っている」と。
**
 次に紹介するのはサンダー・シングより少し前の時代にインドで、実際にあった実話です。

 ある所に最下層のカースト(ハリ・ジャンと呼ばれている)の貧しい村がありました。そこに一人の少女がいました。その少女の名は ミモサ といいます。ある時、この村に英国人の女性の宣教師が立ちよりました。その人の名はエミー・カーマイケルという人です(この人は日本にも来ています)。この人は少しの間、この村に滞在し、子供たちに話をしていました。 ミモサ はこの人の話のある言葉を心の中に刻み込みました。それは「この世界を造られた父なる神様はあなたを愛しています」というものでした。それ以来 ミモサ はいつも「父なる神」のことを心に留めていました。ミモサはやがて、カーストとヒンドウーの掟に縛られた人々の生活の中で、次第に浮いた存在になっていきました。習慣的におこなわていたシヴァの灰を額に付けるのを拒むようになってからは、親族や周囲の人々から、忌み嫌われるようになりました。また、近くに居た小さなクリスチャン共同体の人々からも、完全に無視されていました。ミモサにとっては、父親だけが、唯一の理解者だったのですが、その父親もやがて亡くなりました。ミモサは本当に孤独の中にいました。それでもミモサは「父なる神」を心に留めていました。ミモサはやがて成長し、一人の夫の妻となり、幾人かの子供を授かりました。ミモサは子供たちを、ヒンドウーの掟によってではなく、「神の愛」によって育てようとしましたが、そのことは親族や周囲の人々から大非難されました。ミモサの家庭ではその後、不幸が次々と起こりました。人々はそのことをこう評し、ミモサをののしりました。「あの女は女神様に捧げ物をしないからこのような事になるのだ。あの女は魔付き女だ」。

 ミモサはある時から「父なる神」に向かって、「お父様」と呼びかけるようになりました。それからしばらくしてからミモサは心の中にある呼びかけを聞きました。「ドノヴァーへ行きなさい」。ドノヴァーという所はインドの南端にある小さな村なのですが、そこには「ドノヴァー・フェローシップ」というクリスチャン共同体がありました。その「ドノヴァー・フェローシップ」の設立者は、何と、エミー・カーマイケル師だったのです。その当時、「ドノヴァー・フェローシップ」でおこなわれていたことは、神殿娼婦として売られていく、貧しいカーストの少女たちを救出し、暖かい家庭と適切な教育を提供していました。ミモサはやがて二人の幼子を連れて、家を出ました。長く辛い旅の後、やっとの思いでドノヴァーに付きました。ドノヴァーの村の入り口で、ミモサは一人の白人の女性を見ました。ミモサはその人が23年前に、「父なる神」を教えてくれた人、エミー・カーマイケル師であることがすぐに解りました。エミー師もミモサを見たとき(その姿は苦難の人生のため、実際の年齢以上の姿でした)23年前に立ち寄った村で出会ったあの少女、ミモサであることが解りました。二人は抱擁し合い、涙を流して再開の喜びを分かち合いました。

 ミモサのこの23年間の道のりはまさに荒野の旅でした。しかし忠実であり続けたミモサを神様は確かに約束の地へと導き入れたのです。

★★
 私達は大量の様々な知識や情報に囲まれています。しかし、どんなに知識や情報を手に入れたところで、それが本物の信仰につながるということではないのです。むしろ、ほんのわずかな隠されたみことばが、単純素朴な人の魂に刻み込まれたとき、それは豊かな実を結ぶのではないでしょうか。

 最後に、テゼ共同体の設立者 ブラザー・ロジェの言葉をもって閉めさせていただきます。

 単純素朴な神への憧れ、それが(真の)信仰の始まり

聖主キリストへの愛をこめて                 十字架のヨハネ・テレジオ

引用および参考文献
イエス・キリスト 封印の聖書 サンダー・シング 林陽 訳    徳間書店
ミモサ        エミー・カーマイケル 一柳高明 訳 いのちのことば社
ドノヴァーの碧い空 エミー・カーマイケルの祈りと生涯   いのちのことば社

2010年12月9日木曜日

サンダー・シングの書を読んで 臨死体験 と お陰


聖書のみことば  エフェソ信徒への手紙 2:1-5

さて、あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです。
この世を支配する者、かの空中に勢力を持つ者、すなわち、不従順な者たちの内に今も働く霊に従い、過ちと罪を犯して歩んでいました。わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、生まれながら神の怒りを受けるべきものでした。しかし、憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、---あなたがたの救われたのは恵みによるのです。---

 実は、今回は別のテーマを考えていたのですが、先日、ある方からインドの偉大なキリストの聖者サドウ・サンダー・シングの著書を入手したこと。それとその同じ日に 祈りと黙想の集い(テゼ) のなかで、植松功氏がお話しされたなかで、印象に残った話と、この書に書かれているあることがマッチングしましたので、この事について書かせていただきます。

 まず、植松氏の話ですが、
  植松氏は先日、米国へ行かれたときに、ある書店に入り、そこで一冊の本を手にとりました。その本は臨死体験の事例が書かれているものでした。植松氏の目にとまったのは、ある13歳の少年の事例でした。この話はこういう内容です。

  この少年は心肺停止の状態で、病院に運び込まれて来ました。医師たちの懸命の努力で、何とか蘇生し、意識が回復しました。意識が回復した後、ある医師が「あなたは何か見てきましたか」と尋ねました。するとこの少年はこう答えました。「僕は神様に会って来ました。神様は僕たちの祈りを何でも聴いてくださる方でしたよ。それなのに、なぜ大人の皆さんはこの神様への祈りを遠慮しているのでしょう」。

   この話はわたしたちに、猛省を促す話ですよね。

さて、本題に入ります。

サドウ・サンダー・シング 「イエス・キリスト 封印の聖書」第Ⅱ部 聖なる教え 第八章 講話録より
 ある臨死体験

 わたし(サンダー)は、ある青年に「あなたは救い主のために何をしていますか」と尋ねたことあがある。彼はこう答えた。「わたしがしなければならないようなことを、キリストが私にしてくれたのですか」。わたしは言った。「キリストはあなたのために血を流され、いのちをお与えになったのです」。彼は言葉を返した。「待ってください。それはわたし個人のためですか。キリストは全体のためにいのちを与えたのでしょう。わたしが、返さなければならない何かを、キリストがわたし個人にしてくれたのでしょうか」。 数ヶ月後、彼は重い病に倒れ、死の床にあった。そのときに、脱魂して幻を見た。人生の様々な場面が映像になって室内に広がった。その中に、まだ幼い彼が、二階のバルコニーから転落する場面があった。転落するときに、誰かが彼を腕に抱き止め、優しく地面に横たえた。この人の掌には”傷跡”があった。次に、彼は、自分が岩場から落ち、死を覚悟する場面を見た。このときにもある人が彼を救出した。その人の両掌には”傷跡”があった。さらに別の場面で、彼は毒蛇を踏んでいた。だが、ここでも、蛇に噛まれないようにと、何者かが蛇の鎌首を押さえた。その掌には”傷跡”が見えた。次に、室内で密かな罪に耽っている場面を見た。すると、またもその人が現れ、傷を見せながら、罪を犯さないようにと彼に願った。これらの場面を見せられているときに、キリストが現れ、こう言われた、「わたしは、あなたにこれだけのことをしたのにもかかわらず、あなたはわたしが、何もしなかったと考えている。あなたは今、死を前にしている。ここで死ねばあなたは確実に地獄に行く。だが、今度もわたしはあなたを死の淵から救い出す。行って、神があなたのためにした、この大いなる出来事を人々に話しなさい」。こうして、回復した彼は神のしもべとなった。

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 実は、私、以前にある方のブログへのコメントで「私は地獄の縁まで行った」といった言葉の入った書き込みをしたところ、その表現が極端であったことと、説明不足のため、その方には大きな誤解を与えてしまいました。このことには大変申し訳なく思います。この「地獄の縁にいる」というのは、なにかの特別な苦悩体験の事ではなく、実は地上に生きているわたしたち皆があてはまるものなのです。しかし、そのわたしたちが平和のうちに生かされているのは、まさに救い主のお陰なのです。
 この お陰 という認識は他の宗教の信者の方でも、その方が本物の信仰者であれば、その方の信仰上の立場に応じて、良く理解されていることと思います。また、日本人の伝統的価値観にもそれはあります。(むしろこのことを忘れたのは西洋的キリスト教の方かもしれませんね)
 この お陰 を識ることこそが、真の謙遜というものではないでしょうか。謙遜とは決して、消極的抑制思考観のことではないのです。

 もう一つのポイントは、私達キリスト者は何でいるのか、ということです。私達はキリストの証人となるように、召されたのです。(使徒言行録 1章8節)キリスト者は決して救いの特権階級ではありません。お陰を知った私達はそのことを、ほかの人に伝える使命があるのです。とりわけ信仰共同体としての教会にとっては最優先課題の大使命です。しかし、この再優先の使命に不誠実であるならば、どうして他の事柄に対して誠実に取り組むことができましょう。

 聖パウロやサドウ(聖者)・サンダー・シングのような人々はこの使命に対して、果敢なまでの情熱と誠実さを持っていた人たちでした。偽りの謙遜がこのことを妨害して良いはずはありません。

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 この聖者にはなにか途方もない奥深さを感じます。またその実践も聖パウロに匹敵するものがあります。この聖者のことを書くのは容易いことではないでしょうが、せっかく著書をいただいたのですから、なにか気づきがあったら自分の理解できる範囲でこれからも書かせていただきます。

引用文献:
 イエス・キリスト 封印の聖書 サンダー・シング 林 陽 訳 徳間書店